3月7日(木)
ある書店さんを訪問し、店長さんと話していた。するといきなり「ブー、ブー、ブー」と強い音が鳴り響く。「ちょっとごめん!」と言って店長さんが店外に走り出す。そこでやっと僕は先ほどの音が、出入り口に取り付けられている万引き発見ブザーの音だと気づいた。
しばらくすると店長さんが制服を来た学生を引き連れて戻って来た。いつもの柔和な顔をどこへ行ってしまったのかと思うほどの怒りに満ちた形相だった。今まで営業中に、万引きを捕まえるその瞬間に立ち会ったことはなかった。何だか一瞬の出来事に僕は思わず呆然と立ちつくしてしまった。
「まず学生証を出しなさい」と店長さんはキッパリ言った。「ありません」ととぼけ、どうにかこの場を逃れようとする学生。しかし店長さんは場慣れしているのか「じゃあ、警察に電話をするから」とすぐに受話器を取り上げ、110番を押す。学生は、その言い訳や誤魔化しの許されないスピーディーな処置にあっけにとられ呆然としているようであった。生まれて初めて自分たちのルールではなく、社会のルールに触れたようなそんな顔だった。
警察が到着するまでの時間、二人はバックヤードに籠もった。
「身分もはっきりしない学生が万引きして、ああ、そうですかと釈放すると思っているのか? 君は自分がしたことの罪の大きさをわかっているのか?」という言葉が漏れ聞こえたが、その後は、まったく静かになってしまった。たぶん店長さんは無反応な学生に何を言っても仕方がないと、すべてを警察に任せることにしたのだろう。
レジの女性しかいない店内で、もしこのバックヤードで何かが起こってしまったら大変だと思い、僕は役立たずなボディーガード替わりに店内に残った。5分ほどすると、警察官がふたりやって来てバックヤードに入っていく。店長さんは事情説明で時間がかかるだろうと、僕はお店の外に出て、次のお店へと歩いていった。何だか嫌な後味が残った。きっと店長さんはもっと嫌な気分で今日を終えるのだろう。
会社に戻ってから挨拶も出来ずお店を後にしたことを謝ろうと電話を入れた。
「警察が来て、調べてみたら中学生だったんだよ。それも私立の名の通ったところなんだ。それでね、2ヶ月前にも捕まっているんだって…。親、かわいそうだね。」
その学生の親と同じくらいの年齢であろう店長さんは、そんな優しい言葉をこぼした。「でもね、万引きは立派な犯罪だからね、ちゃんと対処してルールを教えないとね。」とも話す。「ほんとにお疲れさまでした」と言って僕は電話を切った。それにしても、後味が悪い。