4月8日(月)
営業を終え会社に戻ると単行本編集の金子がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「今日埼玉県の川口に行ったんだよ」
日頃ほとんど社内にいても無言でMacに向かっている金子が、こんな元気に話しかけてしてくることはない。とりあえずこちらの仕事の手を休めて聞くことにした。するといきなりこんな文句が…。
「スギエッチさぁ、よくあんな田舎に住んでいられるよ。すごかったよ~、川口…。お店も何もないし、工場だらけだし。恐い町だねぇ」と。
思わず地元をバカにされたので、カッとなる。
「何を言っているんですか! 川口駅前にはそごうもあるし、丸井もありますよ。お店だってすごい商店街だし、本屋だって書泉さんがドカーンとあるんですよ。いったいどこを見てきたんですか?」
「『岸和田』の刷り出しで川口に行ったんだよ。なんかすごい所だったよ。その印刷会社は24時間機械を回しているらしいんだけど、そんなことができるのも、あんな殺風景な土地だからだよ。それに遠い、遠い。あそこはすごい遠い」
としつこく地図まで引っぱり出してくるではないか。川口は東京から川をひとつ越えたところで、僕が住んでいる浦和より東京に近い。そこを遠いと言われても僕としては困る。
この道を通って、ここで曲がってと説明する金子の指先を見つめると、そこは川口市といっても中心街ではなく、どちらかというと陸の孤島と言われていた鳩ヶ谷に近い場所だった。確かにその辺りはすごいかも…と車を走らせているときの景色を僕は思い出していた。すると再度追い打ちをかけるように金子が言う。
「スギエッチさあ、いったい会社まで何時間かかるの」
「えっ、家からだと1時間30分くらいですけど…」
「ほんと? そんなところから通っているの? 信じられないなあ…」
おかしい、おかしい。絶対におかしい。1時間30分なんて平均的な通勤時間じゃないのか? 仕事を始めてから、僕はいつでもそれくらい時間がかかっていたし、書店さんで話を聞いても2時間近くかけて通っている人はざらである。
いやそれ以上に本の雑誌社のメンバーはおかしいのだ。みんながみんな、埼玉を田舎と言ってバカにするのだ。本人達はもっともっと遠く離れた地方から東京に出てきたくせにだ。発行人の浜本は函館で、本誌編集の松村は滋賀。営業事務の浜田はなんと愛媛である。そして本日散々埼玉をバカにしている金子だって、愛知のはずれ。唯一東京生まれの東京育ちは経理の小林だけで、どう考えてもこのなかで2番目に都会っ子なのは、埼玉の僕じゃないのか? それなのに今はみんな都内に住んでいるからといって僕をバカにするのだ。社内連絡網を見ながら「03」地域でないのは僕だけだと言って笑うのだ。
ムキになって金子に反論していると、奥から浜本の声が聞こえた。
「杉江くんね、そうやって反論するところが、田舎者なんだよ」
……。