4月12日(金)
僕は宮部みゆきの新作をいつも楽しみにしている読者だけど、その著作のなかで時代物は何となく遠慮していた。なんと今まで1冊も読んだことがないのだ。それには深い理由はまったくなく、何となく敬遠していたのだ。先月『あかんべえ』(PHP研究所)が出たとき、まったく読もうという意識がわかなかった。なぜだかよくわからない。
こういう読者は結構いるようで、書店さんで『あかんべえ』の売れ行きを聞いてもやっぱり『火車』や『理由』や『模倣犯』のような現代ミステリーに比べると渋いらしい。もちろん、他の著者の時代物に比べたら売れているのだけれど、きっと僕と同じようにあまり深い理由もなく、「時代物」というだけで敬遠している人が多いのだろう。
ところが、『本の雑誌』5月号の目玉企画「宮部みゆきが選ぶオールタイムベスト10」についての問い合わせを楽天ブックスの(瑞)さんから頂いた際、『あかんべぇ』がすごく面白いと言うではないか。その後(瑞)さんの読書日記をチェックすると泣けたとも書かれている。これは涙物の大好きな僕としては読まないわけにはいかないと初めて宮部・時代物に取り組んだのである。
捨て子から這い上がり立派な庖丁人となって賄い屋を築いた七兵衛。その夢は料理屋になることだったが、それを自分では叶えることが出来ず、その夢を息子のように可愛がっていた弟子の太一郎に継がせる。太一郎も七兵衛同様孤児からの這い上がりだ。
そしてその太一郎が料理屋を構え、さあ新たな門出だと順風満帆に開業しようとしたところ、なんとその初めてのお客さんの前に現れたのは、刀を持ったお化けだったのである。振り回される刀にお店のなかは大騒ぎとなり、いきなりお店は開店休業状態へ追い込まれてしまうのだ。
しかし問題のお化け本体を見ることができたのは、太一郎の娘おりんだけで、おりんはそれ以外のお化けも家にいることを知り、徐々にお化けと親密になっていく。なぜこんなにもたくさんのお化けがいるのか? なぜ成仏せずにこの世をさまよっているのか? おりんがその謎を探るというのがざっとしたあらすじ。
確かに江戸時代を舞台としているから「時代物」なのであろうし、お化けがでてくるのであるから「ホラー物」でもあるのだろう。また、お化けの謎を探るミステリーの部分もあり、おりんを中心とした七兵衛やその妻おさき、太一郎とその妻多恵などを巡る家族物語でもある。1冊で4度美味しいとはこのことか。
しかしそんなことよりも、大きなテーマである人間の正と邪や、宮部みゆきが描くキャラクター構築がとにかく素晴らしいのだ。おじいさんはおじいさん、子供は子供としっかりと書き分け、どちらに対しも感情移入ができる。
それに僕はぬいぐるみとかキャラクターものにあまり興味はないけれど、ここに出てくるお化けの携帯ストラップがあったら絶対に買いたいと思わされた。とにかく、どいつもこいつもキャラが立っているのだ。あっという間に読了し、もしかしたら『模倣犯』よりも楽しんだかもしれない。
僕は生魚が食べられず、だから寿司も刺身もまったく食えないので人から「日本人として半分は生きる喜びを失っている」と言われることが多い。けれど宮部みゆきの読者で、今までの僕のように時代物を読んでいない人がいたとしたら「宮部読者として半分の楽しみを失っている」と言えるのではないか。是非、そんな方々、手に取ってみてください。