4月22日(月)
夕刻、営業を終え会社に戻ると、単行本編集の金子が僕の席に座ってふんぞり返っていた。そのふんぞり返り具合は相当なもので、胸が天井を向き、足は床に着いておらず宙に浮いているではないか。いったい何をそんなに威張っているのだろうか?
「オレさあ、淋しいわけよ」
唐突に訳のわからないことを言い出すのは金子の癖だ。そうすれば人が話を聞こうとするのを知っているからなのだろうか? 煙草に火をつけ、話を進めるよう促すと、金子はタラリと垂れた前髪を掻き上げながら話を続けた。
「オレね、前に『お母さんは「赤毛のアン」が大好き』を作ったときに10時間以上かかった作業があるわけさ。それがね、今回の『弟の家には本棚がない』では3時間で終わったんだよ。誰かこんな優秀のオレを誉めてくれてもいいでしょ!!」
なるほど少しは誰かに誉められたいというのは人間の性だろう。僕もかねがねそのことを淋しく思っていた。先日僕は、なんと書店さんの店頭ワゴンを獲得し、どーんと販促をかけられることなったのだ。これは一大事と、まるでグリコのマークか、ゴールを決めたゴン中山のように両手を広げ会社に凱旋帰社したが、誰も誉めてくれなく、それどころかまるでバカを見るような冷たい顔をされてしまったのだ。その夜は、一人ふてくされて酒を飲んだ。
「うん、うん。金子さん良くわかりますよ、その気持ち」
「…でしょう。それなのに、今日は本の雑誌編集部はみんな下版で印刷会社に詰めているし、仕方ないからD印刷会社のKさんに自慢しようと思って電話したら、いねぇんでやんの。張り合いないから、スギエッチの椅子に座ってハマちゃんと小林さんに威張っていたんだよね、ああ、淋しい会社だ」
金子はいつもひとりで黙々と仕事をしていて、著者の喜びや読者の好評以外、ほとんど自己満足の世界に近い。そんな姿を見ているだけに何か慰めの言葉をかけてあげないと、つい嫌気を起こして会社を辞めてしまうんじゃないかと考える。
「でもね、金子さん。これがもし大きな会社でもっとシステマチックだったら、きっとその10時間が3時間になって空いた時間に、もっと仕事を押しつけられますよ。それよか良いんじゃないですか」
「……。まあ、そうだろうね」
結局、誰にも威張れず、金子は淋しげに自分の机に戻っていった。