WEB本の雑誌

5月13日(月)

 地方・小出版流通センターへ『弟の家には本棚がない』の事前注文分の短冊を持って行く。担当のKさんと初回搬入部数について打ち合わせをし、その後は業界の話。そして帰り際1枚のレポートを渡された。僕は市ヶ谷の急な坂を下りながら、ゆっくりそれを読んでいく。

 それは、僕にとっては、意識としても実質的な距離としても、かなり遠い国で起こっている悲しい争いについてのレポートだった。そして、その現地を訪れた女性をKさんの家にお呼びし、ざっくばらんに話を聞こうという会の案内でもあった。僕はしばらく外堀を眺めながらあることを考えていた。

 会社に戻り、事務の浜田にもそのレポートを渡した。真剣に読み込んだ浜田が一言ポツリと漏らす。
「Kさんって偉いですよね」
 その言葉の奥にあることが何となくわかっていたけれど、浜田の考えを確かめる意味で「何が?」と問い返してみた。

「だって、Kさんって昔からこういう社会のことを考えているじゃないですか。あんまり詳しく話してくれなかったですけど、確か学生運動のようなものをやっていたって飲んだ時に話してましたよね。でも、大抵の人はその一時期を過ぎると、すっかり忘れちゃってることって多いですよね。私の前の会社の上司はそんな人だったんですよ。そのくせ、酔うと自慢げに話していて。でもKさんは今でもしっかり社会や世界のことを見つめていて、それを今も考えているってスゴイことですよね。」

 僕が外堀を見ながら考えていたことをそのまま浜田は口にしていた。付け足すなら僕の古い知人もしっかり世界で起きていることを見つめ、そしてそのなかで知り合った思想家の言葉をどうしても本にしたくて出版社へ押し掛け、就職してしまった奴がいた。

「なんかさ、まったく興味を持っていないよね、そういうことに」
「そうですね。話せることって言ったら、新聞やテレビの聞きかじりだけ…」と浜田は答えた。
「こういう大人嫌いだったよね」
「スゴイ嫌いでした」
「参ったね……」