7月18日(木) 友からの電話 その2
<7月17日からのつづき>
翌日僕は、ダボのいる、となりのとなりのクラスを覗いてみた。ダボはポツリと席に座って、ぼんやり机を眺めていた。誰かがダボに声をかけた。ダボは振り返った。そこには怯えの表情が漂っていた。僕はその顔を見て、すべてを理解した。
ヤンチャ者は正義感だけ強い。もちろん自分なりの都合の良い正義だ。
そのクラスにドカドカと入っていった。各クラス誰か一人ヤンチャな奴がいて、そいつがそのクラスを仕切っていた。このクラスは、アックンと呼ばれていた転入生が仕切っていた。
「ちょっと話があるんだけど」
アックンは、僕が突然やって来たことに驚き、そして慌てて面倒くさそうな表情を作った。
「なんだよ」
ナに凄く力を入れていた。
「いいから来いよ」
僕も力を入れて答えた。
ベランダの隣のクラスとの境目で話をした。アックンは物わかりの良い方のヤンチャだったから、ケンカにならずに済んだ。教室に戻り、僕の行動を恐る恐る眺めていたダボのところに歩いていった。
「もう、大丈夫だからな」
ダボは不思議そうに僕を見つめ返した。
「だから、もう大丈夫だから、学校に行きたくないって言うなよ、かあちゃん心配してんだから。オレの家のかあちゃんもだぞ」
その後も中学時代にはいろんなことが起こった。ダボが関係することで、僕は二人の男を殴った。もちろん僕も殴られた。痛みはあったが、自分なりの正義を貫き通せ、気持ち良かった。ダボは、平和に中学3年間を終えた。多分何があったのか知らないだろうけど。
高校は違う高校に進んだ。本当は同じ高校に通う約束をしていたけれど、ダボが受験の三ヶ月前、発売されたばかりの「ドラクエ」にハマってしまい、みるみる成績が落ち、あきらめるしかなかった。ダボはやっぱりバカだった。
高校に進んでもダボは、たまり場になっていた僕の部屋に毎日顔を出した。他のヤンチャな仲間は誰も部活に入らず、昼間から僕の部屋で煙を吐き出し、麻雀に明け暮れていたが、ダボだけは下手くそなハンドボールを続けていた。8時頃、ヘトヘトになって僕の部屋を訪れ、いつまで経っても覚えようとしない麻雀を覗き込み、その後僕の兄貴と「ファミスタ」をしていた。
一年、半年近くあった成長の差は、この頃から無くなり始める。ダボは理不尽な要求には口答えするようになり、セブンイレブンへの買い出しにも行かなくなった。ヤンチャ仲間は、ブツブツ文句を言いながらも、ジャンケンをするようになった。
そしてダボは、弟から、友へと変わっていった。
高校を卒業し、ダボは簿記の専門学校へ通い出す。既にダボの心のなかには「酒屋を継ぐ」という明確な目標があり、専門学校で夜遅くまで勉強し、卒業時には一級の資格を取った。思い起こせば、ダボは中学1年の作文で「家を継いで、社長になりたい」と書いていた。その頃「会社じゃねぇんだから、社長はねぇだろ」と冷やかしていたが、こんな一直線の奴を僕は他に知らない。
丁稚奉公を終え、ダボは自分の家に入った。町の酒屋は、町の本屋と同様に大型量販店に押されていた。もうビールは売れない。ダボは決然と判断を下し、日本中の酒蔵を歩き廻り、直接日本酒を集め出した。
その頃、僕は家を出ていた。たまに実家に変えるのは、愛猫に会うためと、ダボに会うためだった。お店に顔を出し、ビールを貰い、店先でそれを飲みながら、地元の話やお店の話を聞くのが楽しみだった。
僕はあれほど嫌がっていたサラリーマンになっている。一直線の男ダボにはすっかり追い抜かされ、今では逆に叱咤激励されたりもする。そんなときは、「お前に言われたくねぇんだよ」とダボを蹴飛ばしながらも、東京の真ん中で突然ダボを思い出し、次なる書店へ向かったりすることもある。
そんな友、ダボから電話があった。
「結婚することになったんだ。誰がどうみても一番世話になったのはお前だから、スピーチしてくれ」
昼の暑さを忘れさせる、涼しい風がそっと吹いた。