WEB本の雑誌

7月24日(水)

 書店員のYさんは、僕がお店に顔を出すと「杉江くんに話そうと思っていたことがあるのよ」と、駆け寄ってきてくれる優しい人だった。元気で、気さくで、話題が豊富。チャーミングな書店員さんだから、お客さんにも人気があった。いつも店内を駆け回り、小さな身体なのに本を山のように抱え、商品補充や品出しに精を出し、お客さんの問い合わせには親身になって応対していた。

 その笑顔を店頭で見かけなくなって半年以上が過ぎていた。いつ訪問してもいらっしゃらない。もしかして退職してしまったのか…。

 その書店さんには月に一度の割合で訪問していて、Yさんを見かけなくなってから、もう一人の文芸担当Kさんと打ち合わせをしていた。いったいどうしてしまったのか、同僚のKさんに聞いてみようと考えていたのだが、何となく聞きづらい面もあって、そのままになってしまっていた。

 本日、日傘を差した人がやたらに多い銀座通りを歩き、その書店さんに向かった。雑誌売場を抜け、急な階段を上りながら、もし今日Yさんの姿が見られなかったら、今日こそ理由を聞いてみようと決心していた。

 新刊平台を見て、その後、レジに視線を移した。そのレジにYさんの姿があった。

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 Yさんが売場で倒れたのは、12月25日、クリスマスの日だった。どの商売も一番忙しくなるこの時期、もちろん書店さんも多忙を極める。年末年始分の搬入、在庫の管理、多くの人が街に繰り出してくるためいつも以上の接客応対。そんななかYさんは倒れた。

 近くのお医者さんで診察を受けると、すぐさま大学病院への紹介状を渡された。大きな病気だと考えていなかったYさんはそこで初めて衝撃を受ける。えっ、そんなに大変な病気なの?

 大学病院でいろんな検査を受け、その結果が出る。甲状腺の病気だが、原因はストレスと疲労だと言われた。よくこんな状態になるまで、立ち仕事を続けられたねとお医者さんが驚くほど体の状態は悪かった。

 書店員の仕事ほど見かけと実際に大きな差がある仕事も少ないだろう。商品補充や新刊出し、在庫の移動などでは完全な肉体労働を強いられ、接客では精神的な疲労が澱のように溜まっていく。労働時間は不況の影響からジリジリと伸び、早番と遅番の日ごとの変更により、生活のリズムが作れない。多くの方にあるイメージ。カウンターでのんびり本を読んでいる書店員さんの姿なんて実際にどこにもないのだ。

 Yさんは入院するか、自宅療養するか、お医者さんに選択を迫られた。入院によるストレスを考えると家にいる方が楽だと思い自宅療養で通院することを選んだ。しばらく休んでいれば疲労も回復し、仕事に戻れるだろうと考えていた。

 そのしばらくは、予想を越えて長くなった。初めはソルトレイク五輪が終わる頃には…と目標を立てていたが、数日良くなって、これならと思うと、またドーンと悪くなるのくり返しが続く。一向に微熱が下がらない。せめてワールドカップが終わる頃には…と次の目標に切り替えた。

 精神が病み、身体を悪くし、またそのせいで精神が狂う。6ヶ月以上にも渡って仕事を休むことは、それだけで人に負担を与えるものだ。特に責任感の強いYさんような人は、休んでいることに罪悪感のようなものを感じてしまうあろう。きっと、ふらりと近所の本屋さんに行くのは、もっとも恐いことだったのではないだろうか。

 ワールドカップが終わり、微熱も下がり、やっと仕事に戻れる身体になった。しかし、これだけ長い間休んでしまったことで、会社に行くのが恐くなってしまっていた。玄関を開け、さあ、と思うと足がすくんでしまう。

 そんなとき会社の社長さんと電話で話した。Yさんが率直な気持ちを伝えると、社長さんは優しく答えた。
「まず、来てみようよ、それから考えよう」
 
 これだけ長く会社を休んでしまって、普通ならクビになってもおかしくない世の中。Yさんもそれを覚悟していただけに、この言葉は一番の薬になったのではないか。

 7月始めから仕事を再開した。丸丸6ヶ月の休暇は就職してから初めてのことだ。

 この間、いろんなことを考えたという。今まで、店舗で唯一の女性社員として意地を張っていたわけではないけれど、ムキになって仕事をしてたかもしれない。男性と女性で気づくところが違う。これは身体や脳の作りの違いからか、どうにもならないことだとわかっていても、苛立ちはつのる。人に仕事を頼むなら、自分でやった方が早い。どんどん仕事は増えていく。それでもそれをすべてやり抜いていた。やっぱりどこかで無理をしていたのかもしれない。

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「これからは少し手を抜くというか、人に任せながら仕事をしていかないとね」Yさんはめずらしく真面目な顔をして、僕に話してくれた。Yさんのいない売場なんてもう見たくないから、僕はとにかく身体だけは気をつけて下さいと答えた。