9月19日(木)
昨日、タオルケット一枚で眠っていたら、身体が冷え切り震えながら目覚めてしまった。もうすっかり秋なんだと、フラフラ立ち上がり、押入の隅に丸まっていた毛布を引き出し、再度眠りのなかへ。ところがしばらくすると猛然と痒みが襲って来るではないか。今度はハッキリ目を覚まし、あわてて寝間着を脱いで確認する。
全身22カ所、赤く染まったダニに噛まれた痕。これが猛烈に痒い。ボリボリ掻いているうちに日が昇ってしまった。
とりあえずかゆみ止めの薬を塗って出社する、が、しかし。スーツやYシャツで擦れる部分が、こすれる度に触発されて痒さがぶり返す。僕は掛け布団を股の間に挟み、抱きかかえるようにして眠る癖があるのだが、その結果、ダニに噛まれた22カ所のうち9カ所が、いわゆる人前ではいじれない下腹部に集中しているのである。通勤で利用する痴漢ナンバー1の埼京線のなかでそんなところをいじっていたら一発で通報されるであろう。ああ、痒い。だけど掻けないこのツラさ。何だか頭の芯が歪んでいくような気がして倒れそうになってしまった。
会社に着いて、みんなに訳を話し、遠慮なくボリボリ全身を掻く。心地よさに浸りつつ、昨夜考えた「週1出社」の話をしようと浜本に近寄っていくと、「おお、杉江くん、ちょうど用事があったんだよ」と先手を打たれてしまった。とりあえず話を聞いてからこっちの要望を伝えよう。
「あのさ、WEBのこと昨日、打ち合わせしたんだけど、新しいコーナーの企画を思いついたんだよね。」
なんだか非常に嫌な予感がしたが、僕は身体を掻くことに意識が集中していた。
「でね、どういう企画かというと、『帰ってきた炎の営業日誌』になってから最後に【◆今日売れていた本】って書いているでしょ? あれが評判良いんで、表紙写真を入れたりして、別コーナーにするわけ」
あまりに恐ろしい言葉が浜本の口から飛び出したので、痒さはどこかへ消えていく。これは早いうちに手を打たないとダニどころの被害じゃ済まないし、まさに僕の得意技「墓穴を掘る」展開ではないか。そもそも評判が良いというのはウソだ。そんなこと誰も言っていないではないか。僕は、あわてて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。あれは、まあ、新連載ってことで、何かひとつくらい新しいことをしようと思って適当に始めただけで、予想以上に大変なんで、そろそろなかったことにしょうと考えていたとこなんですよ。いや、勘弁してください」
浜本はまったく僕の目を見ず、ほわぁーと煙草の煙を吐き出す。手元には昨夜打ち合わせしたメモのようなものがあり、そこには大きな赤い字で「決」と書かれてあった。
「いやー、そう言われても、もう決まっちゃったんだよ。昨日、杉江君が浦和レッズの応援している頃話し合っていて、まあ、いない人から話が聞けないし、プログラムの問題とかもあって、即決しなくちゃいけなくてね。うーん、よろしくね」
この会社はいつもこのようにして新しいことが決まる。いや、決まっている。出来るか出来ないかは関係なく、すでにやることになっている。よく考えてみたら前の会社もそうだった。知らないうちに出張のスケジュールが組まれていた。会社ってどこもそうなのか。だたそういうことにいちいち文句を言っていたら、仕事は回らない。従順なのか、何なのかわからないけれど、サラリーマンを10年もやっていると、どうにかなるだろうと意識も芽生える恐ろしさ。
「僕の話はこれだけ。杉江君も何か用があたんじゃないの」と浜本が聞いてきたが、とても週1出社なんて提案するどころではなくなってしまった。もしこれで、本当に週1しか会社に顔を出さなかったら、とんでもない仕事が僕の担当になってしまうだろう。給料や休みが増えるのはいくらでも歓迎するが、仕事が増えるのは勘弁してほしい。
帰り道、ダニについての本を買い漁り、ふと、その養殖を考える。とりあえず、あの毛布を捨てずに、浜本のデスクの周りにじゅうたんとして引きつめてやろう。ああ、それにしても痒い。
◆今日売れていた本 『ファースト・プライオリティー』 山本文緒著(幻冬舎)
下北沢「『海辺のカフカ』で隠れちゃってますけど、初速は良いですよ。この厚さで1600円は安いし。」