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9月24日(火)

 ここのところ先輩にいわれた言葉を頼りに、入社したときに渡されたマニュアルを再度読み直し、初心に戻って仕事をしている。これが結構端折っているところがあって大変だ。無駄な仕事=省いた仕事ではなく、面倒な仕事=省いた仕事になっていることに気づき、自分の甘さに強い嫌悪感を抱いてしまう。それでもとにかく原点回帰を目指し、溜息を吐きつつ取り組んでいる毎日。

 営業活動にしても、いつも〆切期限に迫られているので、訪問が飛び飛びになってしまう書店さんがある。3ヶ月ぶり、4ヶ月ぶり、半年ぶり。そういったお店に改めて顔を出すのは、初めて営業するお店以上に緊張するもので、今日も4ヶ月ぶりに訪れた書店さんの前で足が止まってしまった。

 近くにあった公園のベンチに座り込み、煙草に火を付ける。夏の暑さはとっくに過ぎ去り、心地よい風がビルの谷間にある公園に吹き付けるが、僕の気持ちは真夏以上のうんざり勘に占領されていた。

 営業に向いているのは、こういうときでも何食わぬ顔をして訪問し、あっという間に自分のペースに出来る人だろうな。こんな引っ込み思案の人間がひとりで営業しているんじゃ会社のためにもならないし、自分自身も向いていない仕事をするのはもう限界だろう。いろんな後悔が渦巻き、ベンチから腰を上げるのが不可能なことのように思えていた。

 ふと顔を上げると、目の前に小さな子供がいた。まだ掴まり立ちがやっというくらいだから1歳前だろう。平日が休みであろうお父さんが近くにいて、そのお父さんに向かって「パッパ」と声を発しながら、一所懸命怪しい足取りながら向かっていく。何度も尻餅をつき、何度も立ち上がり。尻餅をつきながら、お父さんに向かって笑っている子供。

 こんなことを告白するのはとても恥ずかしいのだが、その光景を見ながら、僕は家にいる同じ年頃の自分の子供を思い浮かべていた。今頃きっと近所の子供達と集まって、宝物になっている洗剤の計量スプーンを片手に砂いじりをしているだろう。今日は三輪車の取り合いでケンカをしていないか…。

 そして知らぬうちに涙が流れていた。

 子供に「どんなときでも強く生き抜いていって欲しい」という願いを込めて名前をつけておきながら、僕はこんなベンチに座り込んでいるとは。……。

 そう考えたとき、自然に腰が上がった。そしてトイレに入り顔を洗って、久しぶりの書店さんへ飛び込んでいった。