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10月19日(土) 炎のサッカー日誌 2002.10

 朝、埼玉スタジアムの列並びに向かおうとしたら、1歳半を過ぎた娘がゴホゴホ咳き込んでいた。先週一度病院に連れて行き、薬をもらって鼻水は止まったものの、まだ完全ではないのである。薬はすでに無くなっていて、かかりつけの小児科は、土曜日午前中だけ診療がある。

 僕は首位に立ったレッズの試合を前に気もそぞろであるが、さすがに親である。それほど悪いわけではないが、ちょっとつらそうな子供を前に、埼スタへの出発を躊躇していた。するとその様子を眺めていた妻が聞いてくる。

「早く行けば」
「でもさ、咳しているじゃん」

 僕は娘を抱いてあやしながら、歯切れ悪くそう答えた。すると妻の表情が変わった。

「アンタさ、レッズ大好きなんでしょ、いつもレッズがなかったらオレは死ぬって言っているんでしょ。今更子供のために行かないとか言わないでよ。今までどんなときだってレッズを優先して生きてきたんだから…。これくらいの風邪は子供はしょっちゅうひくの。アンタがオロオロしても意味がないの。アンタの一番好きな福田が、子供が風邪だからって試合で手抜きするの? しないでしょ。だったらアンタだって命がけで応援してきなさいよ。優勝がかかっているんでしょ! 早く行きなよ」

 飛び出すように家を出て、自転車に乗り、埼スタに向かった。
 僕は泣いていた。レッズが好きなだけで、きっと今まで家族や周りの人にいっぱい迷惑をかけてきた。それはわかっているけど辞められない。レッズを愛するから僕であり、僕であるためにはレッズとともに闘うしかないのだ。

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 その気持ち、今、間違いなく選手に伝わっている。

 延長に突入して間もなく、鈴木啓太の右足アウトサイドからこすり上げられるように蹴られたボールが、絶妙な回転でトゥットに伝わった。その瞬間、浦和の勝利が60%約束された。ゴールが決まるためには、シュートだけでなく、またアシストだけでなく、その前のパスが重要だ。

 ボールを受けたトゥットはすぐさま逆サイドに飛び込んできたエメルソンにボールを流す。勝利確率が85%に上がる。
 
エメは…。ワンタッチめでDFを抜き去り(勝利確率95%)、力強く、楢崎の脇を抜けるシュートを放つ。(勝利確率120%)

 スタジアムは爆裂し、選手達も、喜びながら駆け回るエメを追いかけ、飛びつき、抱擁しあう。こんなに勝つことを素直に喜ぶ、レッズの選手達を見たことがない。それを見ていたら、先ほど流した涙の延長が僕の目を潤ませる。

 涙はサポーターだけのものではなかった。オーロラビジョンに映った福田の目元も真っ赤だった。福田はきっと、今までのレッズを思い出しながら闘っていたのだろう。いつもこういう大事な試合に<負けていた>レッズを。そして今レッズが変わりつつあることを確信したのだ。

「負けないよ」福田はヒーローインタビューにそう答えた。

 勝ち続けることでチームは着実に自信を深めている。そしていつか「負けないよ」から「勝つよ」に変わるだろう。

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 興奮のまま帰宅すると、娘が寄り添ってくる。病院には妻が連れて行ったようだ。福田のコールを大きく歌い上げると、娘も両手を上げて真似をした。

 妻が一言漏らす。
「アンタ、出張に行ったフリをして鹿島戦に行くとか言うんじゃないでしょうね? さすがにそれは本気で家族が路頭に迷うことになるからやめてね」