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10月30日(水)

 神田のS書店を訪問し、ベスト10をチェックしていたらいきなり肩を叩かれる。てっきり担当者さんだと思ってふり返ると、相棒とおるが仁王立ちしているではないか。現実か幻か一瞬判断に迷ってしまうが、とおる自身もいきなり僕がお店に入ってきたのでビックリしたらしい。いやはや、何でこんなところで? 店頭での立ち話ほど書店さんの邪魔になることもないので、とりあえず外に連れ出した。

「大阪どうだった? やった? 『まいどっ!』って」
「やるわけねぇだろ、アホ」
「杉江はダメだなあ…、まだどっかでカッコつけてんだよ。営業マンはそれくらい出来なきゃダメだよ。」

 決してカッコつけているわけではないけれど、さすがに長いつき合いをしているだけある。僕の弱点である気の弱さを完全に見抜かれていた。

「で、とおる、何してたの? また得意のサボり?」

 相棒とおるのサボりは仲間達の間で有名だ。たいてい営業マンのサボりなんか、マンガ喫茶や映画館やパチンコなんていうのが相場だけど、このとおるは、そんなもんではとても満足できないらしい。

 夏場になれば、営業カバンのなかに海パンが常備されていて、事前に営業ルート上でチェックしていた公営プールにボチャンと飛び込む。なぜ公営プールなのかといえばもちろん安いから。それ以外でも話題のスポットには必ず足を運んでいるし、四国担当のときはさぬきうどんの完全制覇もしている強者。「恐るべきさぬきうどん」同様「恐るべき営業マン」なのだ。

 いやいや、恐るべきなのはそのサボりでなく、実は、これだけサボっているにも関わらず営業成績が抜群で、社内一のトップセールスを記録していることだ。いったいどうしたらそんなことが可能なのか思わず頭を下げて話を伺いたいほどある意味有能な営業マンだ。

「今日はサボりじゃなくて、仕事なんだよ」
「仕事って機械メーカのお前が本屋に営業に来るわけないだろ」
「違うの、オレ急に異動になっちゃってさ。今度は海外事業本部ってところにいくの。仕事は全部英語が基本になっちゃうんだよ」

 そういってとおるは幾つかの書名が書かれたメモを広げた。そこにはNHKの基本英会話講座から海外商取引のルールみたいな本がズラリと書かれていた。

「ヤバイよ、英語なんて高校以来やってないから、話すのも読むのもできねえよ。関西弁は転勤3年で修行したけど、英語はもっと時間がかかるだろ。おまけに上司が練習だといか言って一日中英会話で話しかけてくるんだぜ。中学校の先生みたいな顔して『今日の昼飯は何を食べましたか?』だってさ。それにもう完全な内勤だからサボりもできなんだよなぁ。」

 とおるはそんな愚痴をこぼしつつも、カバンのなかには大量に英会話学校のパンフレットを詰め込んでいた。

 ふと気になって、別れ際とおるに確認をした。
「あのさ、異動の辞令っていつ出たの?」
「先週だよ」

 その答えを聞いて、何となくトップセールスになる秘訣がひとつわかった気がした。
 とおるよ、お前ほど前向きなヤツはいないぜ。そしてお前は「恐るべき営業マン」から「恐るべき海外事業マン」に間違いなくなるよ。

 何だか負けていられない気分になって、遅くまで営業に励んだ。