12月25日(水)
クリスマス当日に公開対談(新元良一氏と鴻巣友希子氏)を企画したことに非常に不安を抱えていたのだが、いざフタを開けたら立ち見がでるほどの大盛況。いやはや有り難いかぎり。これでどうにか開催場所のジュンク堂池袋店さんにもどうにか面目が立ったというものだ。
それにしてもこの『翻訳文学ブックカフェ』も今回で4回目を数えるのだが、それに立ち会う度に、僕は自分の馬鹿さに嫌気がさす。対談で取り上げらる本もほとんど読んだことがない本ばかりだし、話に出てくる著者やタイトルも全然わからない。いったいこんなことを理解できる人がいるのだろうか?と自分を浅はかさを棚にあげ客席を眺めると、皆さんふむふむと深く頷きつつ、熱心にメモを取っているではないか。わかっていないのは、僕ひとりなのだ。
ガキの頃は毎日ザリガニ釣りに勤しみ、漁師になるのが夢だった。中学校にあがってからは、文学どころか教科書も読まず、サッカーボールと女子生徒のケツばかり追いかけていた。たまに他の中学の不良から追いかけらたりしつつ。高校生になってからは中国語と銀玉遊びに熱中し、とても海外文学の入る余地なんてなかったのだ。
それらの怠惰な生活が30歳を過ぎた我が身に知識のなさとして覆い被さってきている。会社のなかでもちょっと難しい話になると「杉江君に話してもわらないだろうから」と煙に巻かれることが多い。
いやはや既に遅いのはわかっているけれど、『翻訳文学ブックカフェ』に立ち会って、目の前の人たちがこれだけ楽しそうに話を聞いているのを見ると諦めきれずに悲しみがわく。
二次会の会場で見知らぬ人から「今日の対談どうでしたか?」と質問され、思わず答えに窮して「どうして前回の岸本佐知子さんといい、今回の鴻巣友希子さんといい、女性翻訳家はこんなに美しい人ばかりなんでしょうかね?」なんて答えたら、その人は別のテーブルに消えていってしまった。あーあ。