2月3日(月)
金曜日。週始めからひいていた風邪をこじらせ、鼻水と咳が止まらなくなってしまう。夜、予定に入っていた飲み会はキャンセルし、早めに家に帰ることにした。
ふらふらしつつ、ラッシュの埼京線に乗り込む。そして身体を歪めて本を広げるスペースを作り、1年以上待ちこがれていた新刊に目を落とす。
茫洋としていた頭が1行目で一気に覚醒し、物語に吸い込まれていく。風邪はどこへ行ってしまったのか? 本来、この電車に30分ほど揺られて武蔵浦和駅で乗り換えるのだが、家に就いてしまえば食事をしたり風呂に入ったり娘の世話をしたりと、本が読めなくなるのはわかっている。この至福の時間を中断するなんて僕にはとてもできない。
僕はそのまま埼京線に乗り続け、そして大宮駅でまた折り返しの電車に乗り込む。結局、再度新宿まで電車に乗り、武蔵浦和駅に折り返すまでの間で、その新刊を読み終えた。その間、僕の視野には、本とその物語の世界しかなく、周囲で僕を取り囲んでいるであろう人々はまったく目に入っていなかった。だから、僕は、何度も、満員の埼京線のなかで泣き、笑い、唸っていたのだ。
その新刊は『フライ ダディ フライ』金城一紀著(講談社)である。物語の説明は、僕のような門外漢がするととんでもない誤解を植え付けそうなので一切書かない。とにかく31歳子持ちサラリーマンは、この物語にひれ伏し、深い感動と明日生きていく喜びを手に入れたとだけ書いておく。
同時刊行の『対話篇』金城一紀著(講談社)は、子供が寝静まった深夜、ゆっくりと読んだ。こちらは『フライ ダディ フライ』とはトーンの違う、静かだけどゆっくり着実に血の流れている中編集だった。僕はそのなかの「花」という作品にやられ、消していたテレビ画面に映った自分の顔を見つめ、涙が溢れていることに気づいた。
金曜のこの読書以来、風邪は治ってしまった。
しかし、今、金城一紀熱にうなされ、夜、まったく眠れない。目を閉じると、いろんなことを考える。自分、仕事、家族…。こんな読書体験は10代後半から20代前半の限られた期間でしか体験できないものだと思っていた。まだ僕の心のなかに、こんな感受性があったんだと、うれしくなってしまった。