WEB本の雑誌

5月11日(木)

『鉤』ドナルド・E・ ウェストレイク著(文春文庫)は、確かベストセラー作家が、売れない作家に、自分の名前で作品を出させることを報酬に妻を殺させるという話だったと思うが、その根底には出版業のデーター主義があった。

 アメリカは随分前からその傾向が強かったようだが、今や日本も書店、取次、出版社ともにデーター、データーとなり、例えば6月の新刊「カフェ・ビエンチャン大作戦」の営業をしていても、「ちょっと待ってくださいね」と黒田信一さんの既刊売上データーを確認される。2001年に出版された『アジアバカうまレシピ』(情報センター出版局)のデーターがいくらか残っているようなのだが、料理本と比較して意味があるんだろうか?と思いつつも、それ以上の数字は基本的に上がってこない。

 すなわち新人作家は何作目かに…なんて感覚はなくなりつつあるのではないか。
 初めの作品が売れない限りは、次の作品がそれ以上の部数を刷られること、並べられることはほとんど皆無で、逆にいえば1作目に15冊入れ10冊売れた場合、次は12冊入れることになり、そうなると売れるのは7冊くらいみたいに、縮小傾向になっていくのではないか。データー化と出版の縮小が同時期に進んでいるのは無関係とは思えないのだが、どうなんだろうか?

 そしてもっと不思議なのはその同じ口が「最近は作家名で売れなくなった」と話されることだ。僕自身も日々その傾向を強く感じており、今やベストセラー作家なんて肩書きはなくなるのではないかと考えているのだが、そうなると既刊の販売データーなんて意味がないんじゃないかな?

 もちろんデーターが大切なのは重々承知で、僕自身もかなり利用しているのだが、頼り過ぎない方がいいかな…なんて思う今日この頃。