WEB本の雑誌

8月7日(月)

 僕にはトラウマがあって読めない作家が二人いる。

 その一人は村上春樹で、それは高校時代にフラれた彼女の愛読作家だったからだ。

「これ読む?」と差し出された赤と緑の本2冊。それまで愛読書といえば『BE-BOP-HIGHSCHOOL』の人間にはあまりに敷居の高い2冊だった。1週間後、「どうだった?」「よくわかんねーよ」「さよなら」。それ以来、村上春樹の書物には絶対近寄らないようにしている。

 そしてもう一人は開高健。
 こちらは我が兄貴の愛読作家で、兄貴の人格の60%はこの人によって作られたといえるほど熟読していた。

 問題は開高健ではなく兄貴の人格だ。兄貴は変人なのである。どう変人なのかは杉江家の恥になるのでここには書かないが、正真正銘、変な人である。僕の友だちもそのことに関しては納得してくれるであろう。で、あんな人間には絶対なりたくない、というのが僕の35年間の人生のテーマであり、そうなるとその人格形成の主であった開高健は読むわけにはいかなくなる。

 しかし一度だけその禁を破ったことがある。
 なぜなら我が愛する作家・金城一紀氏が「私のオールタイムベストテン」(『本の雑誌』2001年5月号掲載)で、『流亡記』を挙げていたからだ。

 その原稿を読んだとき、どうしよう…と三日三晩悩んだ。よりによって金城さんが開高を挙げるなんて。いや挙げて不思議はないけれど…。それは僕には禁書なんです。でも好きな作家の好きな作品となれば読まないわけにはいかないだろう、と四日目の朝、決意し、実家の書庫(かつて僕が使っていた部屋)の片隅に置かれた兄貴の蔵書のなかからボロボロになった『流亡記』を取り出したのである。

 一読必殺。面白い。金城さんが「うわあ、なんだこの最後の一行は! これまで積み上げてきた壁が一気に決壊しちゃって、目の前でガラガラと崩れ落ちて来ちゃった! すげえ! カッコいい!」と書くだけのことはある。

 しかししかし開高健=変人の兄貴である。ああなってはいけない。たぶん、きっとこの『流亡記』1冊だけ面白いんだ、と無理矢理自分の読書感にフタをし、開高健本を書庫の一番の奥にしまいこんだのである。

 そして5年。またもや僕の前に開高健が現れた。

 しかし今回は、誰かのベストテンやアドバイスなどではなく、自分の興味の赴くまま本を読んでいるとどうしても『オーパ!』(集英社文庫)にぶち当たるのである。

 南米好き。自然好き。紀行文好き。釣り本好き。『フチボウ 美しきブラジルの蹴球』アレックス・ベロス著(ソニーマガジンズ) 、『オーパ!の遺産』柴田哲孝著(WAVE出版)、『アマゾン・クライマックス』醍醐麻沙夫著(新潮文庫) 、『我々は何処から来たのか―グレートジャーニー全記録』関野吉晴(毎日新聞社)。参った。

 今度は一週間悩んだ。そして実家に戻った際、禁断の書である開高健本を掘り起こし、こうなったら破れかぶれだと、段ボール1箱運んできたのである。

 さて『オーパ!』だ。これが面白いのなんの。釣りも自然もすごいけど、何より開高健の文章にやられてしまった。あの芳醇な日本語に脳みそを揺さぶられてしまったのだ。

 こうなったら降参するしかない。兄貴よ、スマンかった。