【今週はこれを読め! ミステリー編】ダメ作家志望の探偵修行!?『ミステリガール』

文=杉江松恋

  • ミステリガール (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
  • 『ミステリガール (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』
    デイヴィッド・ゴードン,青木千鶴
    早川書房
    2,090円(税込)
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 今週末から映画『二流小説家』が全国公開される(主演・上川隆也。監督・猪崎宣昭)。

 ご存じの方も多いと思うが、原作はアメリカの作家デイヴィッド・ゴードンの小説だ(現・ハヤカワ・ミステリ文庫)。執筆量は多いものの書き飛ばし作品が多く、「二流」の域から抜け出せない作家ハリー・ブロックが、死刑執行を目前に控えた獄中の連続殺人鬼からある依頼をされる。そのことから引き起こされる事態を描いたサスペンス小説だ。ストーリーのおもしろさもさることながら、作中には「ジャンル内小説と主流文学の隔たり」「書くことへの執念と痛み」といった話題がふんだんに振りまかれ、読書ファンの心をしっかりと掴んでみせた。その結果、2011年末には「このミステリーがすごい!」などの年間ランキングで三冠を達成した。

 そのゴードンの邦訳第2作が新作『ミステリガール』(ハヤカワ・ミステリ)だ。
 今回の主人公サミュエル(サム)・コーンバーグも職業は作家、ただし下に「志望」が付く。彼の理想とする作品はエンターテインメントではなく、作家を愛する条件の中にストーリーテリングの能力も含まれない。たとえばジョイス『ユリシーズ』、たとえばムージル『特性のない男』、そしてユイスマンス『さかしま』。実験的で、読者との妥協を拒む作品群こそが彼を引き付けるのだ。『会陰』『厠』『スローモーション・ホロコースト』といった過去の執筆作によって得た収入はゼロ。20年間でゼロ。ダメじゃん!
 
 それでも妻ララの愛に支えられてここまでやってはきたが、それも限界。ララからついに別居とカウンセリング受診を切り出されたからである。これまでの生活を改めなければ、待っているのは離婚だ! 恐慌に陥ったサムは慣れない職探しを始め、思いがけない人物に雇われることになる。ソーラー・ロンスキー、自宅からまったく出ずに思惟に耽って生活をしているという奇人だが、れっきとした私立探偵である。そのロンスキーから探偵見習いとして最初に与えられた仕事は「謎めいた女(ミステリガール)」ラモーナ・ドゥーンの尾行と監視だった。スタイル抜群で情熱的なダンスを踊るラモーナをおっかなびっくりでつけまわすサムはやがて意外な事態に巻き込まれることになる。
 
 出だしだけ見ればオーソドックスな私立探偵小説だが、『ミステリガール』で発揮されるストーリーテリングの力は並大抵のものではない。サムが追いかけるヒロインはいくつもの顔を持っている。あるものは男を惑わせる妖婦、あるものは悲劇の運命の犠牲者、さらに男どもの股間を蹴り上げるタフネスさを発揮するものもある。そのどれが真実なのか、というのが本書の中心にくる謎なのだ。加えて映画の謎がある。カルト映画監督ゼッド・ノートは、キャリアの掉尾を飾った三部作の最終作で、自らの頭を撃ち抜いて息絶える場面を撮影させたのだという。現在は幻になっているそのフィルムの行方捜しがストーリーを牽引するトピックとなる。もちろんふんだんに映画の話題も盛り込まれる。その方面の愛好家にも楽しんでもらえることは間違いない。特にサム・ペキンパーファンは必読だ。

 前作に勝るとも劣らない充実度の作品をぜひ、映画公開に併せてご覧いただきたい。ちなみに6月10日現在、デイヴィッド・ゴードンは来日中だ。それを記念して6月14日(金)にはトークショー及びサイン会が新宿で開催される(http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=59664776)。このレビューを読んで関心を持たれた人はぜひ。ゴードンの炸裂ブンガク&シネマ話をご堪能ください。

(杉江松恋)

  • 二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
  • 『二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕』
    デイヴィッド・ゴードン,青木 千鶴
    早川書房
    1,100円(税込)
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