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第2回

 前回のお題は『スリップ』でしたが、今回はその続き。スリップにまつわるワタシの悲しい性(“サガ”です。単なる習性です。ワタシの今日の女性としての不幸の原因がスリップにあるわけではありません)を語りましょう。

 書店に限りませんが、整理された見やすい売場の維持は小売の基本業務のひとつ。棚の中身もさることながら、掃除の行き届いた売場と、美しく買いやすく商品を陳列することから仕事が始まると思っています。
 並んでいる1冊1冊がイキイキと新鮮に見えるように、おっここにいたのか! と気付いてもらえるように、装いを整えます。
 つまり、破れたオビは取る、色焼けした背はカバーを取り寄せて取り替える、お客さまが取り出しやすいように棚の書籍全体を棚板から5ミリほど前に出して揃える、飛び出したスリップは引っ込める…。書店に入社したら必ず指導されますね。

 この“飛び出したスリップは引っ込める”という作業が大好き。ただ引っ込めるだけじゃもう満足できない。ワタシの心を満たすには、以下の手順が必要なの。

 スリップは、売る側の事情のためだけに存在するもので、お客さまに全く関係ありません。なので、極力目立たずそっと挟んでおきたい。そのために棚に入れる時点でいろいろ作業します。

(1)飛び出しにくいように、入荷時には複数ページにまたがって挟んであるスリップを、ページ1枚に挟み直します。そのスリップは既にゆるふんになっているので、改めて爪を使ってキチンと折り直します。そのとき、二つ折りが斜めにならず重なるように気を付けます。硬い紙は折り目がつきにくく、つまりは落ちやすくて不満。

(2)挟む場所も、本を真上から見たときに、上下左右の中央にくるように替えます。全体の厚さの真ん中、300ページの本なら150ページ付近、なおかつ背と小口の真ん中あたり挟みます。本の最終ページ、見返しや遊び紙に挟む人もいますが、カバーの見返しに当たったり、ページの前後の挟み込み具合がゆるくなったりで、これも落ちやすいのではないかしら。

(3)スリップのボウズという部分(取り出すために丸く切り込んである)の飛び出しを、5ミリ程度に抑えます。つまり折り直す。スリップによっては半円より深く切り込んでいて、ボウズというより首っ玉がまるっきり出ちまってるものもありますが、これは引っ張ると破れちゃう。ワタシは本の上部から、ボウズのおでこ、眉毛が出たくらいが好み。

(4)2枚入っているスリップは、隣同士に挟みます。抜くときに一度に抜けます。もちろんボウズの飛び出しも同じ高さにします。2枚重ねてから改めて挟んだほうが一度に取り出し易くはなりますが、2枚のボウズの直径や、切り込みの深さが一致していないので、かえって肩が浮いたりして落ち着きが悪い。

 出版社の営業の方がみえて店頭でお話を伺うとき、新刊案内を持つなど両手にむりやり仕事を与えないと、ついこの作業に入り込みがち。耳はお話を聞きながら、手近な本を取り出してはスリップを入れ直しまくり、目は営業の方と手元を行ったり来たり。せめてその出版社の本を手に取ってスリップをきれいに入れ直し、つい他のことをしてしまっている非をお詫びする態度を示そうと思うのですが、段々没頭するので、からだも90度回って作業しやすく棚の正面に…。ワタシの側面に向かって営業するハメになった出版社の方々、本当にあいすみません。

 この作業をいつもこなして、スリップがきれいに入った本が並んだ棚を維持したい。でも大量に荷物のあるときなどは当然後回し。そんなことやってる場合じゃないものね。早く商品を売場に出さないと。
 ただ、そんなときでもしみこんだ習性は抜きがたく、まぁ今はいいんじゃないのというココロと、ええいとことんやらせろ!というココロが葛藤して苦しい。
 あえて言ってしまいますが、スリップの挟みかたという小さなこと始まる姿勢が、実は売行きを左右することもあるのではないかと思っています。

 と、大げさなことはともかく。書棚の本を抜いてはスリップを折り直し、入れ直しては惚れ惚れしている怪しい人を見かけたら、それはワタシです。老後の道楽に全国の書店を回りますので、店長さん、見逃してやってください。お給料はいりませんので。

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