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「坂の上のパルコ」 第2回第3話

「パルコ渋谷店に行けば、なんとかなる」

田丸慶(河出書房新社)×矢部潤子(リブロ池袋本店)

第3話 書店員の日々の仕事

田丸
ところで矢部さんの文芸書の経験というのは?
矢部
文芸書の担当は渋谷店の、このときが初めてだったんだよね。芳林堂書店時代も、P-BC吉祥寺店でも、理工書とそれに付随するジャンルしかやったことがなかったんだ。このときは、前任者が退社したんでやることになった。
田丸
そうだったんですか?
矢部
誰もやる人がいないからやるって感じだったなあ。あんまり本も読んでないし、困ったなって。理工書は、置き場所に正解があるんだよね。物理の本は物理の棚にいくでしょう。分類がしっかりしているから、絶対迷わない。それにお客さんの方が知っているから、わからないことがあったらお客さんに聞けばわかるんだ。毎年同じ時期に同じ本が売れるし、だから一年やればだいたい掴めるんだよね。それに慣れていたっていうか、書店員というのはそういうものだと思っていた。
田丸
なるほど。
矢部
それが文芸書に来たらね......。そもそも新刊を売るってことがわからなかった。自分の力で出版社から新刊を取ってくるなんてね。いや理工書でもそういう商品はあったんだけど、実感として、強くそういうことを意識することがなかったんだよね。
田丸
そういう意味でいうと文芸書は独特ですよね。
矢部
最初は戸惑ったねえ。しばらくやっていたら、こりゃぁ面白いかもしんないなんて(笑)。
田丸
なんかこう自分でドカッと積んで、それをお客さんがレジに一日何人も持って来るというのは、文芸書の醍醐味かな? なんて想像しますが。
矢部
確かに注文して、入荷して、お店に出して、それがドンドン売れていくというのは、面白いよね。
田丸
僕はそのデータがFAXで送られてくるのを、楽しみにしていたわけです(笑)。
矢部
ただP-BC渋谷店に関していうと、既刊を売る率も結構高かったんじゃないかなぁ。
田丸
J文学にしても、前回、話に出ていたバカ本にしても、確かに売れていましたけど、その奥にある棚は、しっかりした本格的な品揃えでしたよね。
矢部
ボリス・ヴィアンとかはずっと棚と棚下で売っていた。とにかく売れ出すとしつこいんだよね。まあ最初は理工書のノウハウしかなくて、まずやることは棚を作り替えることなんだよね。そうじゃないと今日来た本が入らないからね。たぶん、どこの本屋さんも一緒だと思うんだけど、これはこっちとかって毎日やるわけよ。それで自分なりにピシッとなったときが嬉しくもあり、スタートなわけ。おいらの棚ってなったわけだからさ。あらかじめ積んであったものも、最初はそれの様子を見るでしょう。P-BC渋谷店のことでいえば、前任者の棚を意図的に大きく替えた記憶はないんで、ずーっと同じ棚割りでやっていたと思う。今みたいに、これが売れているから全部面陳にしようなんてのは、全然これっぽっちも考えもしなかった。いつでも棚があって、棚下の平台があって、それを入れ替えるって感じだよね。
田丸
一番売れないものを外して...。
矢部
そう。それで今日来た新刊をどこに並べるかというのを考えて。エンド台が30面積めるなら、何をどう積むか考える。在庫の量も見て、どう並べるのがいいかとか。毎日そのくり返しだったよね。
田丸
何カ所かに積む場合も悩みますか?
矢部
そうだね、例えば新刊が30部入荷したとするでしょう。それをどこに積むかは悩むなぁ。新刊台の一番前15部積めるとすると、残りの5部を棚下の平台に積んで、1部は棚に入れる。残り9部はじゃあこっちに積んでみようとか。それで売ってみたら、実は新刊台では売れなくて、棚下ばっかり売れたりするわけ。そうしたら新刊台の平積みは外すんだけど、でもヘンに几帳面だから、新刊は新刊台にないといけないって考えているから、2部は差しておいたりして。
田丸
新刊台の前でウロウロしていたときは、そうやって悩んでいたときだったんですね。
矢部
ただボーっとしていると思っていたでしょう?(笑)
田丸
そんなことないですよ(笑)。
矢部
配本があんまりない本も、しっかり差していた。とにかく入ってきた本は、即返品なんてことは絶対しないで、必ず新刊台にあるようにしておいた。
田丸
確かにP-BC渋谷店に行って、新刊台を見ると、デイリーな流れが全部見えました。
矢部
それが書店員の使命だと思っていたよね。P-BC渋谷店では絶対売れないような本でも、とにかく差していた。1部も入ってこないとメチャクチャ怒ったりして(笑)。
田丸
展開に差はありましたけど、あるかないかの段階ではまったく差をつけないんですね。
矢部
とにかく棚に差す。芳林堂にいたからかもしれないけど、当時の池袋の芳林堂は1階に新刊台があったんだよね。そこに各階の各ジャンルの新刊を2部ずつ差すみたいな感じだった。なんとなくそのイメージをずっと引きずっていて、新刊台にはとにかくどんな本でも置いていたんだよね。毎日来るような常連のお客さんは、この新刊台を1周すればわかるようにしておきたかった。今日来て欲しい本がなくても、明日来たらそこには新しい本が差されていて、みたいな。
田丸
書店員さんは他の人に棚や平台を触られるのを嫌がりますよね。
矢部
そうなんだよね。互いに癖や想いがあるから、なんか他の人が並べた後の新刊台っていうのは違う感じがするんだよね。これをこっちなんて全部並べ直したりして。ただなかなかその並べ替える理由が下の子に伝わらなくてね。
田丸
矢部さんの頭のなかにあるもんですからね。
矢部
そうそう、私のなかでは絶対コレって決まっているんだ。だけどそれを乗り越えるというか、言われ続けないと、部下にはなれないんだよね。
田丸
その並べ方の基準みたいのはあるんですか?
矢部
ひとつは量的なものだよね。高さ。奥が高くて手前が低くなるような。なおかつストックはしない。売りたいものを出版社から10部なら10部貰っているんだから、その全部を積みきれるように一番良い場所や二番目に良い場所を考える。例えば新刊台のなかで一番良い場所が7部しか積めないなら、そこに7部積んで、残りの2部を棚下に積んで、1部は棚。だからそれだけの量は常に欲しいんだけど、配本が5部のときもあるわけ。そうしたらまず棚に1部差して、2部を棚下に積んで、残りの2部を新刊台に差す、とか。
田丸
そういう量的なことを考えているんですね。
矢部
そう。それともうひとつは、この本を買う人は、これも買うかな、みたいな繋がりだよね。例えば平台に30面積めるなら左から右に、若い人向きなものから年齢層の高いものを並べるとか。そういうのはどこのお店もやっていると思うけど。
田丸
既刊書のなかに関連本があったらそこに並べるんですか?
矢部
いやそれは私の考えではNGなんだ。新刊台には新刊しか置かないって几帳面に考えているから。そういう展開は既刊書の棚でやればいいかなって。
田丸
残していかなきゃいけないノウハウですよね。
矢部
そんなことないでしょ。みんなやっているよ。几帳面の度合いは違うと思うけど。どかした場所にただ置く、なんていうのは私の中ではあり得なんだよね。
田丸
僕であれば、極論ですけど、河出書房の本だけ案内できればいいわけですよ。それが書店員さんは全ジャンル全出版社を知った上で、今、何が売れている、これからこういう流れが来るって、瞬時にアレンジして替えていかなきゃいけないわけじゃないですか。大変ですよね。
矢部
慣れちゃったけど、最初はもうなんだかわからなかったね。
田丸
国際ブックフェアに河出書房もブースを出していて、棚詰めに行くんですけど、それだけでもう泣きそうになりますよ。新人なんか午前中でもうひっくり返ってますよ。どう置いていいのかわからない。自社の本なのに、どこに置いていいかわからない。適当に並べたらふざけんな!って空気があるわけですよ、当然ね。
矢部
文庫だったら楽だけど。
田丸
そうですね。自分のところだけでさえ泣きそうになっているのに、よく書店員さんはできるなぁ、なんて。

(つづく 次回更新は4月30日)

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