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「坂の上のパルコ」 第2回第1話

「パルコ渋谷店に行けば、なんとかなる」

田丸慶(河出書房新社)×矢部潤子(リブロ池袋本店)

「坂の上のパルコ」第2回は、90年代の文芸を語る上で欠かせないJ文学と、J文学を語る上で欠かせないパルコブックセンター渋谷店の関わりを、J文学の中心であった河出書房新社の、当時の渋谷担当営業マン田丸慶氏と存分に語っていただきました。尽きぬ話は、J文学からジャケ買いへ、そして書店員と営業マンの幸福な関係へと広がっていきました。これから4話に渡ってお届けしますので、お楽しみください。(本文中敬称を略させていただいてます)

第1話 パルコブックセンター渋谷店とJ文学

矢部
田丸さんはいきなり渋谷の営業担当だったの?
田丸
僕は97年の4月に河出書房新社に入社したんですが、6月に試用期間が解けて、物流部門に配属されたんですね。でも物流部門だけじゃ本の動きがわからないからって、書店さんも担当しなさいということで、渋谷の担当になりました。まあ、営業部員は、ひととおり渋谷の担当はするんですけど。
矢部
97年じゃ私が渋谷店の店長になるちょっと前だね。
田丸
そうですね、初めは文芸書の担当としてお会いして、その後、店長になられた。それで一年くらいで矢部さんが本部に異動されたのを覚えてます。
矢部
意外と店長をやっていた期間は短かったんだよね、リブロとの統合とかがあって。
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田丸
それでその矢部さんと出会った97年の文藝賞が、鈴木清剛と星野智幸だったんです。鈴木清剛は『ラジオ デイズ』で、星野智幸が『最後の吐息』で獲るんです。河出書房としては、二人とも若いし、イケメンだし、もっと著者像を前面に出して、とにかくこれを売りだそう、頑張ろうとなって、単行本が出すときに、ようするに今でいう仕掛け販売をしようってことになったんですね。そんな感じの看板を作ったりして、矢部さんのところにお願いに行ったんです。もちろんその前からいろいろ仕掛けはしていただいていたんですけど......。
矢部
そろそろJ文学なんて言葉が出だしたときだったかなあ。
田丸
そうです。阿部和重の『インディヴィジュアル・プロジェクション』を新潮社が出して、PーBC渋谷店では売れていたんですね。
矢部
『インディヴィジュアル・プロジェクション』は、ずいぶん売れたよね。
田丸
PーBC渋谷店だけで、1000部、1500部売ったなんて話を聞いて、なんとか頑張ってそれを抜こうじゃないか!なんて意気込んでいたんです。
矢部
前回のバカ本の流れから、この辺で方向が変わってきたのかな。そもそも『インディヴィジュアル・プロジェクション』をなぜ売ろうと思ったかというと、その前の『ABC戦争』(講談社)や『アメリカの夜』(講談社)が結構売れていたのね。でね、3作目の『インディヴィジュアル・プロジェクション』を新潮社の営業マンが案内しに来たら、装丁が常盤響だったんだよね。
田丸
女の子が立っている。
矢部
そうそう。それが渋谷には合うんじゃないかって営業マンが言うんでね、ならって、この間話した「椅子」で展開したら売れちゃったんだよね。なんか売れると長いお店だったから、ロングセラーになって、結果としてとんでもない部数売ったんだよね。
田丸
今日はあの頃の渋谷店のベスト10を持ってきたんです。このベスト10が毎週月曜日の朝に矢部さんからFAXで届くんですね。それがもう嬉しくて。
矢部
そうだっけねえ。ベストに入っているからこっちも嬉しくて送っていたんだよね。しっかしどうしてこんなボロボロになるまで持っているのよ?(笑)
田丸
そりゃあ、持っていますよ。これは僕の宝物ですよ。『ラジオ デイズ』なんてずーっと上位に入っているし。
矢部
98年ね。
田丸
この辺の時代って、うちの「文藝」もそうですが、「すばる」「群像」「文學界」「新潮」各誌で、若い作家が出始めの頃で、藤沢周や阿部和重であり、赤坂真理であり、もちろん町田康もいるし、角田光代もいて、そういう元気のある作家が出てきた最初の息吹だったんですよね。やがてその人たちが、直木賞や芥川賞を獲っていくわけです。
矢部
そうそうたるメンバーがあの頃、出てきたんだね。
田丸
そういったなかで、毎週月曜の朝にこのFAXが届くんですよ。とにかくうれしくて、うれしくて。それと電話注文がうれしいんですね。短冊に桁外れの注文部数を記入するわけですよ。「200」とか「300」とか。そうすると周りの先輩が「田丸、大丈夫か?」なんて言ってくるわけです。だったら実績みてくださいよ、なんて威張っちゃってね。ぺーぺーのくせに(笑)。トーハンの96L07、91713なんて、番線とコード書いて。
矢部
えっ?! 番線、覚えてるの?
田丸
当たり前じゃないですか。忘れないですよ!
矢部
すごい!
田丸
一生忘れないですよ。思わず注文短冊を拡大コピーしてタスキにしようかなんて考えていました。心の糧です。あと強烈に覚えていることがあって、確か木曜日配本か金曜日配本の新刊で、それが週が変わって朝会社に行ったら、FAXが届いていて、いきなりベスト10に入っていたんですよ。うわーって驚いていたら、すぐ矢部さんから電話があって「売れてるよ!」って。
矢部
そんなことあったっけね。
田丸
もう生き甲斐だったんですね。当時は僕、新入社員じゃないですか。まだ何もわからないし、必ず一週間に何度か会社で怒られているわけですよ。月曜日なんか凹んでいて会社にも行きたくないんですね。でも矢部さんからのベスト10と電話を生き甲斐にして頑張ってました。
矢部
そんな風に見られていたとは思いもしなかった(笑)。
田丸
僕も会社にいて良いんだ、って、気持ちをつなぎ止めてくれる電話であり、FAXでした。
矢部
いやー、あれだけ出荷してもらっていたから、お返しをしなきゃいけないと思っていたんだよね。それで毎週ベスト10をFAXしていたんだ。河出書房はこう言っちゃ失礼だけど、手作り感があったから、無理して出してもらっているっていう気持ちがあったんだね。他の大きな出版社は、自社の販売資料もあるだろうし、そもそもなかなか出してもらえなかった。50部だって怖いよね、出版社からしたら。今でもやっぱり出してもらったら、何か返さなきゃって思うよね。ところで、そのラインマーカーが引いてあるところは何?
田丸
これはおそらく河出書房の本が、4冊もベスト10のなかに入ることは一生に一度あるかないだろうと思って引いたんですね。『美女と野球』『ラジオ デイズ』『ロックンロールミシン』『90年代J文学マップ』。他のお店では絶対ありえないベスト10でした。当時のP-BCの取次担当者と話したとき、「商品調達が難しい」って嘆いてました。『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』中原昌也(河出書房新社)なんて、版元の河出書房にも在庫がなくて重版するか悩んでいたりしたんですけど、そういうとき、彼が返品所から直接入れてたって。ほんと申し訳ないです。
矢部
ハハハ。私が「なんでないんだ!?」とか彼に怒っていたからね。彼にはいろんなこと言っちゃったなぁ。平積みが減っているのを見かけたら頼んでおけとか。毎日来てればわかるだろう、なんて。ひどいね(笑)。
田丸
そういういろんな人の努力があったんですよね。僕はまだ若すぎてわかってなかったです。今なら、僕が改装で消しゴムかけに行くのに。
矢部
とにかく『インディヴィジュアル・プロジェクション』はブッチ切りだった。でもね、私自身はJ文学の頃っていうと、PーBC渋谷店人生の終わりの頃、ってイメージがあるんだよね。
田丸
そんな...(笑)。
矢部
しかしもうちょっと前の時代、95年頃のベストをみると河出書房の本は1冊もベスト10にないね。『裸のランチ』ウィリアム・バロウズとかは普通に売れていた記憶があるけど。
田丸
97年から河出の攻勢が始まったんです(笑)。
矢部
ハハハ。でもね、河出書房はほんとこれはっていうのが、わかりやすかったよね。PーBC渋谷店に合いそうな本が多かった。
田丸
『澁澤龍彦全集』もそうですし、『アンチ・オイディプス』ジル・ドゥールズ+フェリックス・ガタリもそうだし、『千のプラトー』ジル・ドゥールズ+フェリックス・ガタリだとか。
矢部
あの辺も長く売ったよね。
田丸
僕の矢部さんの第一印象は、すぐこう反応がある感じなんですよね。「じゃあ80部!」って。とにかく80部というのが記憶にあります。
矢部
80部は椅子に載る四六版の部数だね。まあ、中途半端のない店でね、注文も5部か80部かみたいな感じだったから。30部とかって発注はないんだよね。棚下に積むか、多面でやるか、極端だった。
田丸
だから『ラジオ デイズ』と『最後の吐息』の営業に行った時、両方じゃあ80部でやろうって話になったんですよね。それで会社に戻ったら、当時そういう単位で販売するっていうのがなくて、特に文藝賞なんて今でこそそこそこ部数を刷るようになりましたけど、当時はほんと少ない部数でスタートしていたんです。それを80部1軒の書店さんに出荷するというのはすごいことだった。
矢部
そうなの?
田丸
上司や先輩が「大丈夫か?」って心配して、でも「大丈夫です!」なんて言っちゃって。「じゃあ、やってみろ!」って。うれしかったのを覚えてますね。
矢部
へえ。
田丸
そもそも新入社員でしたから、80部というのが多いのか少ないのかもわかってなかったんですけどね。経験値がまったくないから。
矢部
そんな状況で出庫してもらっていたんだねえ。
田丸
やってみようってなれたのがほんと幸せでした。しかもやってみて、PーBC渋谷店はヒット率が高かったんですよ。
矢部
そうかなぁ、結構外した記憶もあるんだけど。
田丸
いやー、あれで外しまくっていたら、僕、大変なことになってましたよ(笑)。取次店だって怒るでしょう。当時、河出書房の営業部では、パルコ配本だとか渋谷配本なんて言っていました。PーBC渋谷店と青山ブックセンター本店や六本木店を軸にして、ナディフと、後にできたブックファースト。全国では、札幌のピヴォ・ブックセンター。
矢部
そうそう、ちょっと似ていたんだよね。
田丸
仙台では丸善アエル店とかあゆみブックスとか、大阪のアセンスアメリカ村店とかあとは各地のP-BCですね。見つけようとするとそうやってポイントポイントが少しずつ出てきて、全国でそういうことができるんじゃないかってきっかけになったんですね。文芸書を特化して、こういう匂いのものをうちは売りましょうという発想が出てきた時期なんですよ。ですから今、若い作家の小説を出したときに、このお店とこのお店とって見えるようになったのも、あの時代のP-BC渋谷店のおかげですよね。社内で新刊の企画が出ると、「これは矢部さんのところだ!」みたいな、そういう勘がはたらく本が少なからずあった。
矢部
文芸書と芸術書には、確かにそういうものがあったかもね。
田丸
J文学も、当初はまあ、日本全国のマスで反応があったわけじゃないんですけど、なんとかそれをマスにしたいと出版社何社かでフェアをやったりした。その中心にPーBC渋谷店があったんですよ。当時、新人文学賞なんて初版の8割も売れたら御の字で、重版でもしようもんなら大成功だったわけです。何回も重版するなんて考えられなかったのに、その常識を覆してくれたんですよ。まずPーBC渋谷店で仕掛けて、全国に波及させる。そうすれば何とかなるんじゃないかって。そして実際にそうなったわけです。
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矢部
全然本人にはそんな意識はなかったし、覚えてもいないんだけど(笑)。でもさ、『90年代J文学マップ』が出るくらいだから、全国的に売れていたんじゃないの? 多少立地的な位置づけはあったと思うんだけど。
田丸
地方の若い子たちからすると「渋谷で売れている」というか、あの頃でいうと「こういうのが渋谷系文学っていうのか?」って感じで受け取られているのが、売り上げスリップに反映されてました。少しずつ売れ出して、確実に地方にも波及していくのがわかりました。
矢部
そうなんだ。
田丸
それでガイドブックを作ろうっていうことになって出したのが『90年代J文学マップ』だったんです。この本とともに、地方への波及するポイントとして、広島や名古屋のPーBCが、発信基地になっていたんですよ。
矢部
広島のPーBCは渋谷店とベストが似ているって言われたことがあったね。しょっちゅう渋谷店から本を送っていたし。結局、その河出書房が作った『90年代J文学マップ』のなかに掲載されていた相関図こそが、J文学としてのアイデンティティだったんじゃないかな?
田丸
そうですね。カテゴライズされたのは、あのマップのおかげですね。
矢部
ただね、P-BC渋谷店では、J文学って棚は作っていなかったよね?
田丸
作ってないです。後にできたブックファーストにはありましたけど。
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矢部
文芸書の棚は作家名のあいうえお順でさ、そこにただそれぞれ差したり平積みしていたんだよね。踏ん切りが悪いんだよなあ。永江朗の『不良のための小説案内 ブンガクだJ!』(イーハトーブ)って本があるんだけど、そこに掲載されている写真がほとんどP-BC渋谷店の棚なのね。この本自体が出たのもJ文学の末期の頃だと思うんだけど、その頃やっとフェア台みたいなのに、J文学を20点くらい面陳したんだよね。
田丸
そこにうちが作った「J文学相関図」を看板にしていただいたんですよね。あっ! 思い出しました。それで藤沢周とかJ文学の作家にPOPを書いてもらってフェアをやったんですよ。
矢部
そうだ!
田丸
PーBC渋谷店ですごい売れていたので、これはもしかしたら若い人たちの文学を集めたらなんか面白いことができるんじゃないかって、やったんですよね。新潮社や集英社と協力して注文書を作ったり、セット組して、全国の書店でフェアしたんですよ。
矢部
懐かしいね。

(つづく 次回更新は4月15日)

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