『君たちに明日はない』

  • 君たちに明日はない
  • 垣根涼介 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620円
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評価:星4つ

 着眼点がいい、リストラを請負う会社とは、また実にいいところに目をつけたもんだと、まずはそのアイデアに感心した。
テンポもよい、相手に付け入る隙を与えない交渉術でリストラ候補の社員たちをばっさばっさと切り捨てていく主人公に惚れました。
大人の恋愛小説としても十分楽しめる。器用なのか不器用なのか十分に恋愛の怖さをしっている男女のかけひきにニヤリ。
 登場人物たちも個性豊かで魅力的、「すべての社会人に捧げる」の宣伝文句も納得の完成度の高いエンタメ作品。
 しかし、あえて一点だけ苦言を述べさせてもらえるならば、作品のところどころに顔を覗かせるコレデモカ感がやや鼻に付いた。
たとえば、名古屋の娘が登場すれば実家はみそカツ屋、その上エビフライ、手羽先、天むすまでもがコレデモカ!とそこらを飛び交う。
主人公も充分個性的で魅力的なのに、さらに単車の腕までもプロ並みにしたりする。
 完成度が高いからこそ、その辺りはさり気なくあってほしかった。

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『朱夏 警視庁強行犯係』

  • 朱夏 警視庁強行犯係
  • 今野敏 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 いつものように家に着くと灯りが消えていて、出迎えてくれるはずの妻の姿が見えない。この展開はびびる、キュっと胆が縮む。
今朝の嫁さん機嫌悪かったか?いやいやいつもと変わりなかった。羽をのばしに何処かへ行ったのか?はたまた実家?それなら連絡くらい入れるよな。まさか浮気?ないないウチの奴にかぎって!じゃあ交通事故か?それとも誘拐?あるいは捨てられた?いらぬ考えが頭をよぎる。
 ベテラン刑事の妻がある日忽然と姿を消す。事件性があるのか確信が持てないまま、届を出さず内密に捜査を開始する夫である刑事。謎の犯人に身柄を拘束された妻とそれを追う夫、二人の視点から物語は交互に進められてゆく。
 ストーリーは比較的単純で、展開も読めるのだが、それを補って余りある緊迫感。犯人の発する狂気が、ジリジリとこちら側に伝わってまいります。
派手さはないがその分だけ、じわりじわりと確実に効いてくる、じっとりと手に汗握る珠玉の警察小説。

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『銀座開化おもかげ草紙』

  • 銀座開化おもかげ草紙
  • 松井今朝子 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
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評価:星3つ

 訳あって、身を隠すように生きてきた主人公宗八郎と、ともに苦労を重ね彼を陰ながら支えてきた三つ年上の女比呂。物語のさわり、宗八郎が再び活躍すべき表舞台への機会を得ると比呂は、ためらいなく彼の背中を押す。
男のために身を引く覚悟で送り出す明治の女のけな気さ、こいつにまずやられた。
 御一新以来、何もかもが変わってしまった日本国。価値観は変わり、急速な変貌を遂げようとする東京と改められた江戸の町。
 旗本の次男坊に生まれながら訳あって一時は蝦夷地に渡り、今は東京に戻りながらもまるで世捨て人のように身を隠しながら生きる主人公宗八郎が、しだいに宿敵とも呼べる運命の男と引き寄せられるように対峙してゆく。
個性的な脇役陣にも恵まれて、実直な主人公宗八郎がしだいに魅力的に輝きだす。
 そして誰もが読み終わったら思うはずだ、こりゃ続編『果ての花火』も読まなくては!急ぎ読まなくては!と。

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『カラフル』

  • カラフル
  • 森絵都 (著)
  • 文春文庫
  • 税込530円
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評価:星5つ

 天上界にもなかなか気の利いたシステムがあるようで、厳正なる抽選に当たったらしい僕の魂は、天使プルプルに連れられて再び人間界に帰還することとなってしまった。
再チャレンジ、安倍首相は辞任しちゃったけど。いわゆるひとつのアタックチャンス、なんでも児玉清さんは海外の小説を原文で読まれるらしい。
自殺した少年の体を借り、期間限定で彼として生きることとなった僕、その間に自分の前世を振り返り自分の犯した罪を思い出せと、気は進まないがどうやら辞退は許されないらしい。
 テンポよく進む物語。大きなメッセージを含んでいながら、まったくもって押し付けがましくないところが素敵に無敵。
 人生に彩りを添える物語。主人公にリンクして、モノクロだった世界がしだいに色を帯びてゆく感動をあなたにも是非味わっていただきたい。
 今月の一押し、自信を持って推薦したい一冊。

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『怪魚ウモッカ格闘記』

  • 怪魚ウモッカ格闘記
  • 高野秀行(著)
  • 集英社文庫
  • 税込600円
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評価:星4つ

 著者曰く、昭和四十年前後に生まれた人々は、どうやら未知動物という響きに対して激しく反応する世代であるらしい。
かくいう僕もまさに同年代、タイトルで『怪魚ウモッカ』の文字を見ただけで敏感に反応し身もだえてしまった。
 インドの何処やらの漁村付近に生息するという幻の怪魚を追った渾身のドキュメント作品。たった一人の目撃証言を頼りに壮大なプロジェクトの幕は切って落とされる。
 不思議と高野さんの冒険譚が読者の心に響いてくるのは、けしてそれがおちゃらけの冒険ごっこではなく、彼が恐ろしく真面目で何処までも真剣に事に当たるからである。
あくまでも彼は、怪魚発見捕獲という現実を見据えて対策を練る。さらに彼は持てる力を百パーセント出し切って準備を行う。
 子供の頃の純粋な探求心を何処かへ置き忘れてしまったすべての大人に捧ぐ。

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『童貞小説集』

  • 童貞小説集
  • 小谷野敦(著)
  • ちくま文庫
  • 税込945円
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評価:星3つ

 童貞をテーマに集められた八作の短編、どれもが名だたる文豪の作品である。
しかるに主人公ときたら、そろいもそろって滑稽なほど内向的で理屈っぽくつまらぬ事に苦悩するチェリーボーイたち。
本来ならば陰鬱で読み進めるのが辛くなりそうな内容ばかりなのに、そこはさすが文豪の書かれた短編作品、どれもが深みと味わいを備えており、読んでいて辛くもなければ退屈でもなかった。
そしてラストの一編だけは、あえて女流作家による女性の側から見た童貞の物語が加えられており、これがまた絶妙のスパイスになって編成に深みを出している。
 その『夜のかけら』で主人公利保子は憤る。何故に肝心なトコロで男たちは、自分に経験が無いことを隠し見栄をはろうとするのかと。
そんな彼女のさばさばした性格が、それまでの作品の苦悩する男たちに対比してより一層際立って見えたのが印象的だった。

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『石のささやき』

  • 石のささやき
  • トマス・H・クック(著)
  • 文春文庫
  • 税込770円
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評価:星3つ

 なるほど趣のある作品です。
派手さもなく、激しさもなく、起伏のないストーリーが続き、ミステリーとしてはやや退屈に思える展開なのに、不思議と読み進める手は最後まで止まらなかった。
静かに静かに追い立てられるような、迫りくるような感覚が持続する、これこそが名手トマス・H・クックの名手たる所以なのだろうか。
 淡々と語られる事件の真相が、物語と並行して綴られてゆく。
 我が子の死を境に、壊れかけてゆく姉。見え隠れする狂気に怯えながら物語は少しずつ解き明かされてゆく。
事故なのか事件なのか、そして『石のささやき』のタイトルに込めた著者の真意は何処にあるのか?
 人間の心の弱さを繊細に描き出すミステリー、秋の夜長のお供にどうぞ。

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『スターダスト』

  • スターダスト
  • ニール・ゲイマン(著)
  • 角川文庫
  • 税込620円
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評価:星2つ

 言い寄ってくる相手に無理なおねだりをするにしても「あの流れ星を取って来きて!」はチョットやり過ぎだと思います、竹取物語じゃないのだからね、お嬢さん。
しかしながら純な青年トリストランは、彼女の言葉を真に受けて壁の向こうへと旅に出る。
壁の向こう側とはつまり、妖精や魔法使いが住み、船が空を飛び木が喋る何でもありのどっぷりファンタジーの世界。
 好きな女の子の願いを叶えようと流れ星を探す旅に出る青年の物語がここに始まった。
ファンタジーの王道を行くストーリー展開は見事だけれど、いかんせん全体に詰め込み過ぎという感がいなめなく、残念なことに最後までこの物語は、僕のハートをドキドキワクワクさせてくれなかった。
「ドキドキワクワク」これはファンタジーを測るうえでの僕の大きなバロメターの一つであります。したがって合格ラインは超えてるもののこの作品、最終的に評価は「並」と言うことで、ここはひとつ。

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『四つの雨』

  • 四つの雨
  • ロバート・ウォード(著)
  • ハヤカワ・ミステリ文庫
  • 税込798円
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評価:星3つ

 山もあり谷もあるからこそ人生は面白いのだと人は言うけれど、主人公ボブ・ウェルズに至ってはその起伏がナガシマスパーランドのホワイトサイクロンの如きでありました。
 心理療法士として五十を迎えたボブ。いつのまにか昔の仲間たちは皆それなりの社会的地位についたけれど、彼は自分の生き方を貫き一人市井に埋もれ診療を続けていた。
 充実した人生だと自分には言い聞かせていた、しかし決して幸せではなかった。そんな彼の目の前にある日、理想の女性が現れた。そこから彼は、人生の舵を大きく切り間違えてゆく。
 読み終えた僕の頭に浮かんできたのは『カタルシス』という単語。ホント言うと正確な意味など理解していないのだけれど、当たらずとも遠からずだという気がするし、何より格好よさ気だから、ここは思い切って使ってみようカタルシス。
 彼の人生に思いを馳せた時、僕の脳裏をよぎったものは、そうカタルシスだった。

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勝手に目利き

勝手に目利きへ移動する

『密封 奥右筆秘帳』 上田 秀人/講談社文庫

 見知った名前を少し前に新聞の新刊案内の欄で見つけた。まさかとは思ったが調べてみるとご本人であった。外回りの時に担当した歯科医の先生、小説家志望で当事小さな文学賞で佳作を獲られたと喜んでいらっしゃった顔が思い出される。
 遅咲きのデビューから十年、ジワリジワリと実力をつけてきた著者の渾身の新シリーズにして、初の大手出版社殴り込み作品。
 主人公は、幕府の書類決済を一手に携わる要役奥右筆組頭の立花併右衛門と、隣家の次男坊にして涼天覚清流の使い手柊衛悟。
幕政の闇の部分に触れてしまった彼らに立ちふさがる強大な敵とは。
 読みながら僕は考えた、やはり時代小説こそが最強のエンターテーメントなんじゃなかろうかと。だってここには胸のすくようなドラマがあるのだ。
 まだまだ化けます、これから活躍必至、決して身内びいきじゃなくってね、一読の価値ありの時代小説ここに登場。

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松岡恒太郎

松岡恒太郎(まつおか こうたろう)

1966年生まれ。生まれも育ちも大阪は堺。嫁一人娘二人旗色悪し。
ごく普通の会社員であったが、数年前に体調を崩し四十にしてドロップアウト。
現在無職、自宅療養しながら伏竜の如く復活の機を待つ、てるつもり。座右の銘「人間万事塞翁が馬」。
読書は雑食、出されたものは何でも美味しくいただくように心掛けている。
中でも好きなのは、現代物、時代物、エッセイ等で楽しく前向きな作品。
一方、経済書、純文学等、考え込んでしまうようなものは不得手。
感銘を受けた本は、井上ひさし「ブンとフン」椎名誠「哀愁の町に霧が降るのだ」司馬遼太郎「項羽と劉邦」飯嶋和一「始祖鳥記」など。
贔屓の作家さんは、東海林さだお、佐藤さとる、山本一力、重松清、景山民夫、伊坂幸太郎、他。
読むものがなくなると、鬼平犯科帳や日本古代史の本(古田武彦)に手が伸びる。
よく行く書店、地元のブックスファミリア日置荘店、紀伊國屋堺店。

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