『君たちに明日はない』

  • 君たちに明日はない
  • 垣根涼介 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

 転職が常態になっている業界に勤めていても、今までの同僚が辞めていくのには、なかなか慣れません。ましてやそれがリストラだったりした日にゃ……

 幸い今のところ、辞めさせられた経験はありませんが、俺くらいの年齢になると、いつ降りかかってくるか分かりませんし。しかも、それが自社の人事から言い渡されるんじゃなく、外部のリストラ請負会社から、ぽん、と肩を叩かれるなんてのは……めまいするね。

 で、あらすじと帯を見て、穏やかじゃない気分で読み始めたこの作品。悔しいけど、面白いです。リストラは本来、会社制度と社員のリストラクチュアリング(再構築)のために行われるっていう基本原則を改めて考えさせられました。

 そして、ほぼ同年代の主人公・村上真介の、理と情と愛と夢と理想と希望をいっしょくたにして進める仕事ぶりは、最近疲れてばっかで楽しいことがない俺に、大きな刺激を与えてくれました。ありがとう。俺も頑張るよー。

▲TOPへ戻る

『朱夏 警視庁強行犯係』

  • 朱夏 警視庁強行犯係
  • 今野敏 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 三十代の男性の半分が結婚していない現在の日本において、俺なんぞが結婚できる訳がないと思うのですが、それでも、この小説の主人公・樋口の妻の恵子さんみたいなパートナーがいたら、いざという時に心強いよなあ、と、つくづく思う訳です。ま、旦那の職業が強行犯係の刑事だったりすると、しっかりしてないとやっていけないのかもしれませんが。

 この作品は、そんな妻の存在の大きさを、改めて認識する男の話です。失ってみて初めて分かる大切さ、ってのは確かにあって、家族なんてのはその最たるものですよね。そりゃ、子供も大きくなって日常会話も事務的なものになりがちで、愛なんてものはとうに冷めちゃってるかもしれないけど、でもそれは、当たり前のようにあるから貴重さに気付けなくなるだけで、ほんとは、何をおいても最優先すべきものだ、ってことです。

 今野作品は、男がかっこよくあるためにはどうすべきか、を学ぶための最良の教科書です。

▲TOPへ戻る

『銀座開化おもかげ草紙』

  • 銀座開化おもかげ草紙
  • 松井今朝子 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込540円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 例えば、司馬遼太郎の一連の幕末維新作品を考えてみると、幕末の動乱に倒れた者を描いた作品の方が、維新後に生き残った者のそれより、はるかに印象が強く、人物の精彩もより鮮やかな感があります。それは結局「死ななかった」あるいは「死ねなかった」ことが、「死んでいった」という事実の凄みには遂に勝てないことを意味するのではないかと、個人的には思っています。

 この作品では、生き延びてしまった者たちが、自分の生きてきた世界が、どんどん「時代遅れ」なものとして追いやられていく中で、じたばたと時流に抵抗していくさまが描かれてます。

 時代の最先端・銀座の煉瓦街で、無聊をかこつ元・旗本直参の士族・久保田宗八郎の日々。江戸が東京になる一大転換期に、そう簡単には適応しきれない不器用な男が、その不器用さ故に、かえってかっこよく見えるのです。

 俺は少なくとも、司馬作品における維新後の英傑たちより、宗八郎に親しみを覚えました。

▲TOPへ戻る

『カラフル』

  • カラフル
  • 森絵都 (著)
  • 文春文庫
  • 税込530円
商品を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

 以前、単行本班で読んだ『幽霊人命救助隊』(高野和明)という作品がありまして。自殺者の幽霊が、自殺に走ろうとする人たちを救うという話で、他の本の書評で言うのも何ですが、ま、読んで欲しい訳ですよ。この作品と一緒に、是非。

 何でそんなことを言い出したか、ってえと、やっぱね。自分で自分の命を絶つ、なんてことは、どんなことがあってもやっちゃダメだ、ってことを改めてくっきりと思い知るのに、『幽霊人命救助隊』とこの作品は恰好の教材だから。

 自殺を図った少年の体に「ホームステイ」したぼくの魂が、少年の生を生きることで見い出した、自分の「罪」の重さ。正直、展開は容易に読めてしまうのですが、それでも、この決着の付け方はすごく素敵だと思う。

 ちょうどこの作品を読んでいた時に、心がとっても弱まってて、それこそ書評する気分にすらなれなかったのですが、今これを書いてて、つくづく、まだ生きていてよかったと思うし。

▲TOPへ戻る

『怪魚ウモッカ格闘記』

  • 怪魚ウモッカ格闘記
  • 高野秀行(著)
  • 集英社文庫
  • 税込600円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

『大航海時代III』というゲームがありまして。例えば、アラビア語のレベルを上げないと、アラブに航海してもゲーム中の台詞がさっぱり分かりません。また、さんざんレベル上げても、いざ探検だー、と出発した途端に、伯爵に捕まって串刺しゲームオーバー、なんてこともあります。この話の教訓は「備えあっても憂いはなくならない」でしょうか。

 長々ゲーム話をしたのは、この作品を読んでて「うわーこのゲーム、どうやったらクリアするんだろ?」と思ったからに他なりません。

 「怪魚発見か!?」という噂一つで「世紀の大発見は俺が!」と思い立つ唐突なオープニングと言い、出発までの気の遠くなるような「レベル上げ」と言い、いざ出発してから、次々襲いかかる理不尽なトラブルと、それを解決するための格闘(一部、裏技あり?)と言い……真剣にこのゲームを「プレイ」する著者の姿はまさしく「勇者」。そして、このエンディングは業界震撼必至です。

▲TOPへ戻る

『童貞小説集』

  • 童貞小説集
  • 小谷野敦(著)
  • ちくま文庫
  • 税込945円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 三十代の男性の半分が結婚していない現在の日本において、俺なんぞが……ってあれ? 何かさっき同じような書き出しで。まあいいや。

 とにかく独身男性にとっちゃ、生き辛い世の中ですよ、現代ってのは。とか言う紋切り型の嘆きは、実に明治あたりからみんな発してたんだね、ってのがよく分かるこの作品集。目の付け所がまったくもって素晴らしいんですけど、読んでていたたまれない思いにしばしば駆られました。

 だいたい、女性なんてのは、野郎の純情を弄んで利用して踏みにじって何とも思わないものでございますとも、ええそれはもう。全人口の半分を敵に回した実感をひしひしと受けつつ。

 『お目出たき人』(武者小路実篤)の「思い切れ思い切れ」で始まる新体詩の絶唱ぶりには、何かもうほんと「分かるから。ほんとによく分かるからもう泣くなー」と、時代を超えて同情しきりでした。

 自分ではまず手に取らない本と出会える幸せ。新刊採点書評万歳。

▲TOPへ戻る

『終決者たち(上・下)』

  • 終決者たち(上・下)
  • マイクル・コナリー(著)
  • 講談社文庫
  • 税込各750円
上巻を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
下巻を購入するボタン
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 海外小説なんて、書評で担当しない限りなかなか自分では読まないため、今まで気付かなかったんですが、そうかー。アメリカで殺人犯した場合、時効はないのか。と言うより、時効あるのって日本くらいなのかひょっとすると。

 てことで、そもそも俺みたいに前提が分かってないと、何で今さら17年前の未解決事件を改めて捜査し直してるんだろう、と思っちゃうのではないかと。でも、被害を受けた側の気持ちになってみれば、よく理解できるよね。凶悪犯罪に時効なんざ要らない、とこの作品読んで思いました、

 それにしても、迷宮入りした事件を辿る主人公・ボッシュの、執念深くて徹底した緻密な捜査には、非常に心惹かれるものがありました。下巻に入って「あれ?もう解決しちゃうの?」と思ったら、残りページを無駄なく使い切るような、更なる重ね技もあって。決着の付け方も、ビターで素敵です。

 シリーズ重ねているらしく、以前の作品も気になりました。

▲TOPへ戻る

『石のささやき』

  • 石のささやき
  • トマス・H・クック(著)
  • 文春文庫
  • 税込770円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 親しい相手が心を壊していってしまうのを、手を尽くして何とかしたい、と思っているのに、努力はすべて無駄どころか、更に状況を悪化させてしまう。そんな事態に陥ったら、たぶん、俺もどんどん自分自身の心を壊してしまうに違いないです。正直、鬱な気分に読む本じゃないと思います。

 姉のダイアナと主人公・わたし(デイヴィッド)の二人が、丹念に積み重ねていく「狂気」は、その描写が淡々として、どこか無感動ですらある冷静さに律された記述な上に、章立ても一人称と二人称(呼びかけ)を並行させるなどの工夫がなされています。心が弱い人なら相当ぐらんぐらんにされてしまうに違いありません。

 原文もそうなんだろうけど、訳出も相当巧みに、人の心の脆さをつつくような、緻密な言葉選びをしておりまして。読み終わって、ぐったりしました。

 メランコリックな秋の夜長には、絶対読んじゃダメです。辛過ぎて楽になりたくなっちゃうかもしれません。

▲TOPへ戻る

『スターダスト』

  • スターダスト
  • ニール・ゲイマン(著)
  • 角川文庫
  • 税込620円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 流れる星くずが、もしみんな美少女だったりした日にゃ、中学高校と天文部員だった俺の目の前を、いったい何人の美少女が通り過ぎていったことやら……なんて考えてる時点で、俺はおそらくファンタジー世界には決して住めないんだろうな、と思います。

 好きな彼女が示した結婚の条件「今流れた星を拾ってくること」を叶えるため、勇んで妖精の国へと向かった脳天気な主人公・トリストラン。幾山河越えてやっとたどり着いたら、星はツンデレ美少女で、第一印象はお互い最悪。しかし、二人で旅を続けるにつれ……ま、確かに「星を取って来い」とか命じといて自分はのほほんとしてる女より、自分と一緒に旅してくれる相手の方に心が傾くのは人情。いろいろ事件に巻き込まれたりして、絆は深まるし。

 お話自体はともかく、ええと。映画化原作ということで、表紙がカップルの実写画像なのですが……うーん。俺の中のイメージとえらい違うのが残念すぎます。うむむ。

▲TOPへ戻る

『四つの雨』

  • 四つの雨
  • ロバート・ウォード(著)
  • ハヤカワ・ミステリ文庫
  • 税込798円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 先月読んだ『雨恋』(松尾由美)は、雨の日にしか現れない幽霊に心ときめかす、素敵なゴーストストーリーだったのですが、お国が変わってアメリカとなると、どうしてこう、雨の持つひどく荒んで残酷な一面が強調されちゃうのでしょうか。

 50歳過ぎて、夢も希望もない生活を送っていたボブの前に、雨の日に現れた「天使」。彼女との出会いをきっかけに、人生の大逆転が始まったはずが……どうして出会ってしまったんでしょう、というくらい、凄まじい勢いで転落していく彼と彼女。人生の墜落地点に到達するたびに、降りしきる雨がとても印象的です。

 帯では「最強中年作家陣が大絶賛!!」と熱く語ってますが……こんな破滅願望に満ち溢れた作品を絶賛する彼らは、身の内に何か、そういう気持ちがあったりするのでしょうかね。そして、そんな気持ちが分からなくもない自分が、とても怖いです。

 一発逆転なんて、人生にはまず無いと思って生きた方がいいですね、つくづく。

▲TOPへ戻る

三浦英崇

三浦英崇(みうら ひでたか)

1970年1月16日生まれ。生まれも育ちも港町・ヨコハマ。ゲームのシナリオ書きから、データベースの子守りを経て、現在は携帯サイトの企画屋稼業。
活字なら何でも好き嫌いなく食べますが、特に好物はSFとミステリと歴史もの。好きな作家は……この字数じゃ書ききれませぬ。最近は、恩田陸、加納朋子、芦辺拓、川端裕人(以下多数)。本拠地は有隣堂の横浜ザ・ダイヤモンド店。
座右の銘は「本買わずに書店出る奴は負け」。
日常風景は「涼色貼雑年譜」(http://suzuiro.net/)にて。
mixiでも本名で出てるので、気が向いたら日記なぞご覧頂き、ツッコミ入れると吉です。

<< 松岡恒太郎の書評横山直子の書評 >>