『鉄塔 武蔵野線』

  • 鉄塔 武蔵野線
  • 銀林みのる (著)
  • ソフトバンク文庫
  • 税込872円
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評価:星3つ

 夏休みのある日、小学5年生の「わたし」は弟分のアキラとともに、延々と続く武蔵野線の鉄塔を1つ1つたどる冒険の旅に出る。
 鉄塔90基の写真約500点を完全掲載した、堂々の鉄塔小説。幼い頃から鉄塔に心惹かれていたという著者の、並々ならぬ愛情があふれている。
 少年2人の夏の冒険。子供の行動や感情、子供の目線で見たものが完全に大人の言葉遣いで書かれている点には少々ちぐはぐな印象を受けたが、とにかく「わたし」とアキラの言動がかわいくて、ああ男の子って良いなぁ、とほのぼのした気持ちになった。
 それにしても、鉄塔にここまで熱い視線を注ぐ人がいるとは知らなかった。鉄塔オタク、というとあまり響きがよろしくないが、1つのものに対してここまで愛着を持てるというのは、ちょっと羨ましかったりもする。残念なのは、身近な場所に鉄塔が建っていないこと。ああ、あれは男性形鉄塔ですな、などと薀蓄を傾けてみたかった。

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『生首に聞いてみろ』

  • 生首に聞いてみろ
  • 法月綸太郎 (著)
  • 角川文庫
  • 税込780円
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評価:星4つ

 前衛彫刻家の葬儀直後に、愛娘がモデルとなった石膏像の首から上が何者かに切り取られる事件が起きた。警察沙汰を避けたい故人の弟に頼まれて、ミステリー作家の法月綸太郎が探偵役を引き受ける。
 挑発的なタイトルにインパクトのある表紙。なにやらこれは面白そうだ、と期待度大。恥ずかしながらシリーズものということを知らずに読んだために「おや?」と思う場面があったり、誰がいつどこで何をした、という細かな流れが整理しきれず頭のなかがごちゃごちゃになったりもしたけれど、「こ、これは…!」と読めば読むほど止まらなくなった。
 謎解きにつながるモチーフがさりげな〜く随所に散りばめられているのだが、それがまた、本当に本当にさりげない。「おや、これはどこかに出てきたぞ」という既視感と、「でも、どこだっけ?」というもどかしさと、「まさかこれが伏線だったとは!」という爽快な敗北感がないまぜになる、この気持ち良さといったら、もう。緻密に組み立てられたパズルのピースが鮮やかにはまっていく快感を、ぜひご堪能ください。

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『プラトン学園』

  • プラトン学園
  • 奥泉光 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

 木苺惇一が新任教師として赴任したのは、孤島に建つ全寮制のプラトン学園。豪華すぎるほどの設備に最初は喜んだ木苺だが、知れば知るほど、何かがおかしい―。
 このプラトン学園、名称も奇抜だが、中身もかなり変わっている。午睡の時間が毎日決められていたり、教員の晩餐会が毎週開かれていたりする。さらに、実物そっくりの仮想現実ソフト「プラトン学園」のなかで、授業や部活動を行うこともできるらしい。しかも、そのソフトというのは…。
 これ以上書くと興味を削いでしまいかねないので控えるが、とにかく、読んでいくうちに虚実の境目が曖昧になっていくのが本作最大の面白さ。どこまでが現実で、どこからが虚構なのか。実際に木苺の身に起きたことなのか、それとも精巧につくられたバーチャル空間内の「キイチゴ」が体験していることなのか。てっきりこちら側だと思って読んでいたのに気づいたらあちら側に行っていたりして、いったい今はどっちなんだ? と混乱する。さまよった末にたどり着くのは、いったいどこだ?

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『藁の楯』

  • 藁の楯
  • 木内一裕 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込600円
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評価:星3つ

 「この男を殺してください」 孫を惨殺された資産家が、日本国民1億2000万人に向けて容疑者殺害を依頼した。謝礼は、10億円。
 自らの快楽のために少女2人の命を奪った凶悪犯。身柄を移送される容疑者に次々と襲いかかる10億狙いの殺害実行志願者。守る価値のない”人間の屑”を、警察の威信を賭けて捨て身で警護する5人の男たち。たしかに、刺激的なストーリー、ではある。
 だが、しかし。もちろん10億というのはくらくらするほどの大金だが、それだけのために殺人を犯す人間が、これほど次々と現れるものだろうか。その点がどうしても腑に落ちない。犯人憎しと義憤に駆られて凶器を手にとるのならば、まだ理解はできる。いや、金銭目的の犯罪など世のなかにいくらでもあるが、たとえそうだとしても、生活に困窮してやむにやまれず、などの理由があるはず。そのあたりの事情が多少なりとも描かれていれば、もうすこし読み応えがあったはずなのだが。
 と、考え出すとどうにもこうにもモヤモヤしてしまうので、四の五の言わずにスリルだけを楽しむのが良い、のか?

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『さようなら、コタツ』

  • さようなら、コタツ
  • 中島京子(著)
  • 集英社文庫
  • 税込480円
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評価:星4つ

  恋少なき女、由紀子の36歳の誕生日。おずおずと愛を育みつつある山田伸夫を部屋に招き、手料理でもてなそうと朝から張り切る由紀子だが―。(表題作)
 女性の部屋、男性の部屋、母親と少女の部屋、そして相撲部屋。部屋を舞台に描かれた7つの短編。登場人物のちょっとした心の動きが手にとるように伝わってくる的確な表現のところどころから、くすりと笑いがこぼれるようなユーモアが顔を出していて、読んでいてとても心地良い。
 毎日は、部屋で始まり部屋で終わる。部屋のなかで何かが起きれば部屋はすなわち表舞台となり、部屋のそとで何かが起きれば部屋はすなわち舞台裏となる。たいした刺激も娯楽もなさそうなこの四角い空間のなかには、自分のすべてが詰まっている。泣いたり笑ったり怒ったり、悩んだり決心したり後悔したり、あらゆる自分をこの部屋は知っている。部屋というのは意外にドラマティックな場所。まえがきの言葉に、そうだ、そうだったんだ、と心からうなずいた。
 派手な仕掛けはないけれど、主人公たちの生活や人生がぎゅっと詰まった旨味のある作品。読み終えると、自分の部屋がほんのすこし違って見えるはず。

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『ボーイズ・ビー』

  • ボーイズ・ビー
  • 桂望実(著)
  • 幻冬舎文庫
  • 税込520円
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評価:星3つ

 母を亡くした12歳の隼人はある日、弟が通う絵画教室の近くに仕事場を構える70歳の靴職人、栄造と出会う。
 老人と少年、歳の差を越えた友情物語。兄としてのプレッシャーから淋しさを口に出せない健気な隼人と、他人との関わりをなるべく避けてきた偏屈者の栄造が、ほんのすこしずつ心を通わせる。何の共通点もない2人が出会い、とまどいながらも交流を深めていくことで、がちがちに固まったそれぞれの鎧がほどけていく。いってみれば定石どおりの展開で大きな意外性こそないけれど、安心して楽しめるというのも、また良いもの。
 自分だってまだ子供なのに必死で弟を守ろうとする隼人はいじらしく、ぶつぶつ言いながらも隼人の力になろうとしてしまっている栄造は微笑ましい。そして最後の場面の、陽だまりのなかにいるような温かさ。殺伐としたストーリーに疲れたときなどに、この優しく善良な物語がおすすめ。

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『日傘のお兄さん』

  • 日傘のお兄さん
  • 豊島ミホ(著)
  • 新潮文庫
  • 税込460円
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評価:星3つ

 幼い頃、いつも遊んでくれた日傘のお兄さんが突然訪ねてきた。お兄さんがロリコン疑惑で騒動を巻き起こしていることを知り、夏実は迷わず一緒に逃げることを決心する。(表題作)
 女の子を主人公とする4つの中短編。出色なのは、冒頭の『あわになる』。事故死した「私」が、わずかな間だけ、幽霊としてこの世を漂う。とりたてて未練もなかったはずなのに、ある再会がきっかけで、どうしようもなく後ろ髪を引かれる。オカルトめいた物語ではあるけれど、「私」のように狂おしいほどの思いを抱えた幽霊ってたぶんたくさんいるのではないかと、今までにない気持ちになった。
 他3篇は、照れくさくなるほどに女の子チックだったり、意外にもなまめかしかったりと、趣がばらばら。豊島ミホ色とでもいうものは本作だけではつかみきれなかったけれど、この先はぜひ、『あわになる』路線を突き進んでくれると嬉しい。

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『東京大学応援部物語』

  • 東京大学応援部物語
  • 最相葉月(著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星4つ

 連戦連敗の野球部を必死で応援する東京大学応援部。勝利という報いもなく、伝統と規律に理不尽なほどに厳しく縛られる応援部での活動を、彼らはなぜ続けているのか。1年間の密着取材にもとづくノンフィクション。
 東京大学。応援部(もしくは応援団)。それぞれ単体ならば、一般的なイメージはかなり固定化している。しかし「東京大学応援部」となると、途端に想像しにくいものとなる。東大生が応援団? いまひとつピンとこない。
 彼らはなぜ応援するのか。何のために応援するのか。その答えは、もちろん1つではない。部員の数だけあり、1人の部員の心のなかでも刻々と変わっていく。答えを出そうとして、彼らは悩み、考える。とことんまで自身の胸のうちを見つめ抜くその様子は、生真面目で純粋で、苦しげでさえある。そんな彼らに白けた目を向ける外野も多いだろう。でもそれでも良いじゃないか、心身ともにここまで熱く濃く打ち込めるものがあるのだから。
 単行本の表紙には直立不動のいかつい男たちの写真が使われていたが、文庫版ではかわいらしいイラストになってしまっているのがもったいない。単行本の、「いかにも!」の感じが断然良かったのだが。

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『メールオーダーはできません』

  • メールオーダーはできません
  • レスリー・メイヤー(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込861円
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評価:星3つ

 パート勤務先の通販会社で社長の遺体を発見した主婦ルーシーは、クリスマスの準備で多忙ななか、素人ながらに探偵の真似事を始める。
 頼れる夫とかわいい子供。夫婦円満、家庭円満。パートの仲間はみんな仲良しで、いつもにぎやか。だからって、お気楽極楽な毎日というわけでもないのよ。悩みごとだってあるし、地域のこともちゃんと考えているわ…そんな好奇心旺盛な主婦ルーシーが大活躍。ドロドロしたいざこざや影の部分も描かれてはいるものの、全体としては軽〜いタッチのミステリーになっている。各章の冒頭に通販商品の宣伝文句が載っていて、その商品が小道具として登場する、というつくりも楽しい。
 舞台を日本に移して2時間ドラマに仕上げたら、人気シリーズになりそうだ。タイトルはもちろん、『主婦探偵は見た!』で決まり。主演はやっぱり片平なぎさ、それとも名取裕子?

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勝手に目利き

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『漁師志願!』 山下 篤/新潮社

 「漁師募集。経験不問。旅費片道支給」 養魚場の求人広告に応募したフリーターの智志と寿司屋見習いの真二。優しく厳しい親方のもと、瀬戸内海に浮かぶ島で2人の漁師見習い生活が始まる。
 青い海、青い空、そして青春まっただ中の青年2人。表紙も青、背表紙の文字も青。テーマカラーは、間違いなくブルー。どこまでも爽やかな物語だ。
 お調子者の智志と生真面目な真二、対照的な2人が未知の世界に飛び込む。ひ弱な都会っ子が漁師のイロハを手探りで学んでいくうちに、心も身体も鍛えられていく。煮詰まった現状からの逃避手段でしかなかった漁師の仕事にやがて本気で取り組むようになる智志と真二の真っ直ぐさに、親方や島の住民と一緒になって声援を送りたくなる。そしてこの親方や周りの人たちがまた、素朴で温かくていい人ばかりなのだ。
 2人の漁師への道は始まったばかり。親方と3人での新しい挑戦も、まだまだ先はわからない。それぞれの恋の行方も気になる。こんないいところで終わってしまうなんて。ぜひとも、続編希望!

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荒又望

荒又望(あらまた のぞむ)

 1973年生まれ。北海道出身、東京都在住在勤。
好きな作家は、川上弘美、山崎豊子、高村薫、沢木耕太郎、ジョン・アーヴィングなど。そのほか気になる作家も多数。
長い長い物語やずっしり重い作品を読み終えると次はさらりと読めるものが欲しくなり、それらが続くとまた長編や重めのものを読みたくなる傾向がある。
人が読書している姿を見るのも好きで、電車のなかなどで夢中で読んでいる人を見ると妙に嬉しい。
何フロアもあるような大型書店に足を踏み入れると心が躍るが、ふだん立ち寄るのは自宅や職場の近くの、さほど大きくない書店が多い。図書館やAmazonも愛用。
新刊採点員の任期中にどれだけたくさんの本との出会いがあるか、非常に楽しみ。

鈴木直枝の書評 >>