WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年12月のランキング>横山直子の書評
評価:
分厚いボリュームのページ数、相当数ありそうな写真、そして文庫本サイズに折りたたまれて挟み込まれた地図…。
手にしただけでパワーを感じる本だ。
「鉄塔を小説にする」そう考えた著者・銀林みのるさんの熱い想いが込められた一冊なのだ。
小学五年生の少年が鉄塔に魅せられ、ただただ鉄塔をたどっていく。
この少年はまぎれもなく著者がモデル。
男鉄塔、女鉄塔、婆ちゃん鉄塔…見た感じによって愛称が付けられる鉄塔たち。
なかなか近づけない鉄塔があったり、周囲を囲むバラ線で怪我をしたり、時には大人に危ないからと怒られながらも鉄塔を一基づつたどる過程が実に楽しい。
最後の最後で少年がもらう大きな花束と手紙に胸が熱くなった。
そしてこの本自体が多くの書店員さんたちに愛されて、「完全版」で復刊したことを知って、こちらもジンときた。
この本は幸せだなぁ。そしてこの本を手に取った人も幸せにしてくれるなぁ。
評価:
なんとも衝撃的なタイトルに生つばゴクリ。
表紙の白いシャツを着た女性のパチリと開かれた眼に心を残しながらページをめくった。
前衛彫刻家に石膏直取りによる人体彫刻とくれば、にわかに昔のミステリーサスペンスドラマが蘇る。
そう壁を掘りかえすと、出てくるのは人体の…。
えっと、これはちょっと違いました。^^;
彫刻家が「母子像」という連作をかつては身重の妻を、そして現在の娘をモデルに作成した直後に死亡、そしてその最新作が首を切り取られた状態で発見される。
モデルになった娘がある事実をつかみ、動き出す。そして…。
思いがけない人物すり替え、見破られそうな変装シーン、どれもこれも読みながらすぐ頭の中で映像化できそうでした。
いろんな伏線があり、何度読んでもその度ごとに発見があり、楽しめそう。
巻末には著者インタビューがあり、著者自身も「ああ、こんな伏線があったのか」なんて驚いていましたよ。
評価:
新卒で全寮制の学校へ英語教師として赴任した青年が主人公。
その名も妙にかわいい木苺(きいちご)先生。
この全寮制の学校こそタイトルのプラトン学園。陸の孤島にあるなんだかわからないけど最先端の技術を完備していて、なんでもパソコンで処理、ネットで学園中をいろいろ検索できてしまうのだ。
この本が誕生したのが10年前なので、当時はかなり内容が衝撃的だったかもしれないけれど、10年後の今はそれが当たり前になりつつあるので、その事実にもちょっとビックリする。
で、学園設備は最先端なのに、そこの先生たちが揃いも揃って人間味あふれる個性豊かな人たちでこのギャップもなかなか楽しい。
木苺先生は学園に親しむ前に「マウスを握ったまましばらく放心」状態になってしまうくらいネット内学園にのめり込んでしまう。
そしてこの学園で不可解な失踪をした前任の教師からメールが届くようになり…。
ネットと現実、区別がつかなくなってしまう恐ろしさをひやりと感じる。
とっても読みやすい文体なのだが、しかし読みながらも「あれ?あれ?あれ?」と思いつつ、今どっちのだっけ?ネット?現実? 始終混乱しておりました。
評価:
わが街に新幹線「のぞみ」が停車する!
これは当時、地元福山では大きなニュースの一つでした。
新幹線に乗る機会がめったにない私ですら、ほかの誰かに自慢したくなる嬉しさで、その日を指折り数えて心待ちにしていたほどです。
さて、福山駅と「のぞみ」、私にとってのキーワードが出てくるのは物語の中盤。
凶悪殺人犯のボディーガード役となった警察官五人、福岡から東京までの移送手段として、まずは高速道路を使うも行方を阻まれ、次に新幹線を利用するところ。
「おお!福山駅でのぞみに乗り換え!」しばし郷土愛にひたり、すぐさま気持ちを切り替える。
なにしろ全編手に汗握る迫力なのだから。
それにしてもなぜこんなにもただ一人の犯人移送が困難なのか!
それは犯人の首に10億円の報酬が付いていたからだ。
次から次へと息つく暇もないまま、追っ手が忍び寄り犯人の命を狙い、ボディガードの数もだんだんと減ってゆく。
凶悪犯人の命を守ることに疑問を感じながらも、職務を全うする警察官の気持ちがページをめくるごとに叫びになって迫ってくる。
最後の最後、許せないくらいの憤りを感じる急展開に思わず大声を上げてしまった。
「なに?なに?」と娘の声。
読後、タイトルをしみじみ見る。藁ほどの価値とは…。
評価:
短いまえがきにこう書いてあった。
「この短編集の裏タイトルは、へやのなかである。」
なるほど言われてみれば、すべての話、部屋の描写が丁寧で、まるでその部屋に招かれたように頭の中にくっきりと浮かび上がる。
中島さんは雑誌記者時代に、いろんな取材で多くの部屋を訪れていて、部屋のストックがずいぶんあったそうだ。
表題作の「さようなら、コタツ」は独身女性のマンションが舞台。
「あのまま、あそこにいるわけにはいかなかったのよ。変化が必要なときってあるの」
36歳の誕生日を前に由紀子は15年住んだアパートを引き払ってマンションへ引っ越す。
その時にさようならしたのがコタツ。
妹に「冬ばかりか春も夏も、コタツを卓袱台代わりにしているなんて。そんな部屋に男が寄り付くわけないじゃないの」と言わしめたものである。
はてさて、コタツのないマンションに、どんな展開が待っているのやら…。
由紀子と男友達・伸夫、この二人の延々と続く会話がなんとも心地よくて、こんな会話形式があったのかと思うほどしみじみと一字一句丁寧に読んだ。
由紀子のプロはだしの料理の手さばきがまた見事だった。
ほかのどの部屋(短編)も別れがあったり、せつなかったりするのに、ひなたぼっこをしているような心地よさを感じて、長居したくなる部屋ばっかりだったなぁ。
評価:
12歳の少年のやさしく、そして大きく強くなりつつある心のありようが、細やかな読みやすい筆さばきで綴られる。
母親を亡くしたばかりの隼人、本当はわんわん泣きたくてたまらないのに、弟の前では健気にお兄ちゃんを頑張っている。
なにしろ父親は消防士として毎日大変な仕事をしているのだから心配はかけられない。
壊れそうな心を抱えて、必死に毎日をこなしていた隼人に一つの出会いがあった。
それは外車を乗り回すおしゃれな靴職人のおじいちゃん。
年齢は70歳と、二人の間にはかなりの年齢差があるものの、最初の出会いからなんだか惹かれるものがお互いにあった。
このおじいちゃん、職人気質で腕はめっぽういいのに、人付き合いはさっぱり。
ところが隼人と触れ合うようになってからゆるりと変わっていく。
「栄造はぐっときた。くそっ、俺はこんなことで感動するマヌケじゃないぞ」
自分の気持ちの変化にとまどう栄造さんが、なんともいいなぁと思った。
それにしても、兄弟そろって思い出の母親のプリンの味のくだりで、ムムムとうなりましたぞ。
評価:
じんわりじんわりと心が温かくなってくる。
いわゆる少女と男の組み合わせ。
日傘のお兄さんこと中尾宗助24歳と、なっちゃんこと中学生の夏実が手に手をとって、東京から島根へと逃避行なのだ。
この二人、まだなっちゃんが幼児だった頃の知り合いだったが、ここ何年も音信不通状態だった。
ところが、ある事情を抱えてお兄さんがいきなりなっちゃんの前に現れて…。
なぜ日傘のお兄さんなのか?お兄さんの悲しい生い立ちが分かり、今の状況を目の当たりしたなっちゃんの行動、心の動きがなんとも純粋で胸に響く。
そうして、なっちゃんは大きく強く成長したのだ。
それがとても頼もしく感じる。いいぞ!なっちゃん!
それしても、「日傘おとこ発見」なんて、二人の逃避行の様子が携帯サイトで見られることができる!
いろんな情報を本人に聞く前に情報サイトで知ることができる!
そんなところはイマドキだなぁと感心しながら読みました。
評価:
最初の一行目で思わず「わぁぁぁぁぁぁ〜なつかしぃぃぃぃ〜」と声が出ました。
北信州に位置する戸狩野沢温泉、なんとも心に響く地名ではありませんか。
戸狩を抜きにして私の学生生活は語れません。
四年間夏合宿に通いつめた思い出の場所。文科系の体育会と呼ばれた混声合唱団の夏合宿ですから、練習量も半端ではありません。
ひたすら歌い、そしてクラブ運営のために夜を徹して話し合い、そして感動の涙に明け暮れた…。
最初の一行からコロリときてしまったのです。
この文庫本にのめり込んだ事は言うまでもありません。
東京大学応援部のみんなも実に熱いぞ。
「分かるよ、分かるよ、そうだよね」といちいち反応してしまいます。
毎日のようにある厳しい練習、上級生と下級生のかかわり、それぞれの想いが交錯する。
誰が、なんのため、どうして、この応援部の活動をするのか!
いろんな想いをして、とことん話しつくして、そして迎えるそれぞれの晴舞台。
言葉にはならない何か、想いがあふれて出る涙、そして無心になってひたすらある一つのことに打ち込む強さ、美しさ…これを書いていてもなんだか熱くなってきます。
著者の最相さんが一年間にわたり、この応援部をそばでじっくりと見て、心でしっかりと感じ取った日々が綴られています。
感涙、感動の一冊でした。
評価:
大村彦次郎さん、小説雑誌の名編集長として知られる彼の目から見た個性豊かな作家さんたちの素顔、そのさまざまな触れ合いが、あますところなく語られている。
実に興味深く読んだ。
プロの作家になるにはいかに大変なことであるのか、それがしみじみ感じられた。
「ハングリーな向上心がなければ、マス目を埋めていく陰気な持続作業はできない」
大村さんのこの言葉が心に残る。
そして賞の運、不運のところでは、厳しい現実を垣間見て、作家と共に歩む編集者の胸のうちを聞いたような感じがした。
そして角田光代さんが以前直木賞を受賞されたとき、多くの編集者さんたちに囲まれて嬉しそうだったよなぁとその場面がふと思い出された。
編集者の条件のところで「褒められることによって、書き手は励まされ、自信もつけるのだ。褒め上手の編集者がいい。」とあって、
これって子育てに少し似ているのかなぁなんて思った。
華やかな文壇の舞台裏を見せていただいたなぁと、昭和時代のまだ若き風貌の作家さんたちの写真を見ながら、そう感じた。
評価:
アメリカの田舎町に住む夫と三人の子どもたちがいるミステリ好きの主婦が主人公ルーシー。
彼女は子どもたちを寝かしつけてから仕事に行く。職場は大手通販会社・カントリーカズンズ。
そう、彼女は夜間の電話オペレーターのパートタイマーとしても働いているのだ。
その職場先で、経営者が自殺!?第一発見者であるルーシーはこの事件に関わることになるのだが…。
この時期、彼女は忙しい。なにしろクリスマス目前だけに、その準備に大わらわ。
プレゼント用意、ツリーの飾りつけ、そして料理、お客様のおもてなしの準備、などなど。
そうそう、クリスマスシーズン恒例の行事、クッキーの交換会もありました。
参加者がご自慢のクリスマスクッキーを持ち寄り、交換する。
まぁ、いつものお茶会のクリスマス版みたいなものでしょうか。表紙のクッキー、実に美味しそうです。
さてさて、ミステリ好きのルーシーのこと、犯人探しも気になりつつ、いかに忙しくて、雑事に心が多少乱れることがあっても、クリスマス準備に余念がありません。
そしてその一つひとつの細々とした描写のなんと楽しそうなこと、出来上がりの美しいこと。
ため息をつきつつ読みながら、我が家のクリスマスの飾りつけも気になり、そわそわしたりして…。
そうそう、メールオーダーはできませんが(笑)、カントリーカズンズの商品説明だけは読むことができますよ。
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