『鉄塔 武蔵野線』

  • 鉄塔 武蔵野線
  • 銀林みのる (著)
  • ソフトバンク文庫
  • 税込872円
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評価:星5つ

 俺の家のすぐそばに、国道一号線が走ってまして。「東海道」なんて言葉を社会科の授業で聞きかじり、ふと「この道をたどっていけば京都まで行けるんだー」と思い立ってしまった小学3年の夏休み……結局、京都どころか横浜市から出られずに終わったのは、当時からつい物事を悲観的に考えがちで、「無理」と結論づけるのが早すぎたんでしょうね。自転車で行ったらせめて相模湾くらい見ろや俺も。

 それはともかく、この作品。鉄塔に付いてるナンバーを遡っていけば、最後には「1番」にたどり着ける、と思い立った少年の大冒険です。男の子ならやっちゃうよなあ。女の子もやっちゃうのかもしれないが、まあこういうおバカはたいてい男の子の専売特許。勝手に挑戦を受け、自分ルールを設けて、ひたすら使命を達成しようとする気持ち、よく分かります。

 たぶんもう、生涯こんな無茶はしないんだろうなあ、と思うと、ふと哀しくなったりもする、大人の俺様でありました。

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『生首に聞いてみろ』

  • 生首に聞いてみろ
  • 法月綸太郎 (著)
  • 角川文庫
  • 税込780円
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評価:星3つ

 時々、考えるんですけど。自分が猟奇殺人の第一発見者になんかなった日には、毎晩毎晩それを思い出して、とてもじゃないけど眠れないだろうなあ、と。特に、生首だけとか、首無し死体だとか、そんなものに遭遇する機会は、できるだけ小説の中だけに留めておいてほしいものだ、と常々思う次第。

 で、この作品では、せっかくの美人が胴と頭の生き別れ、いや死に別れか。とにかく、あたら美人がもったいない、と思わせる事件でありまして。どうしてそんなにみんな冷静に推理とかしてられるんだろう?と思いつつも、論理を積み重ねては壊し、積み重ねては壊し、を続けて、ついに真相に至る名探偵・法月綸太郎の推理が冴えわたります……って冴えてるんだけど、どうしてこんなに地味な印象なのかなあ。

 事件は派手だけど、それを解決するための手段はひたすら「日常」だからなんでしょうか。もちろん、そういう推理の結果、解決してくれる方が安心なんですがね。

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『プラトン学園』

  • プラトン学園
  • 奥泉光 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込820円
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評価:星4つ

 ゲーマーが道を踏み外して罪を犯した時、しばしば「現実と虚構の区別がついていない」といった、分かりやすい紋切り型で切り捨てられる訳ですが、そんな「境地」に達せられるような作品を世に送り出せるんなら、ゲーム屋冥利に尽きますな。

 って、そんな反社会的な発言をしてしまうのは、この作品の中で語られる仮想空間「プラトン学園」の出来が、あまりにゲーム屋の夢を体現してるからですね。ま、もっとも、現実と区別がつかなくなってしまう虚構なぞ、「現実から逃避したい」という願望を叶えるにはあまりに不向きで、つまるところただの「悪夢」に過ぎない、と思ったりもしますが。

 そして実際、主人公・木苺が「プラトン学園」に飲み込まれていくさまは、クソゲーのように不条理極まりなく、俺はこんなゲームやりたいなんて言ってねえ! と叫んでいいんだぞ、と忠告してやりたくなります。そう思うこと自体、既に作者の思惑にまんまと嵌められてるんですけどね。

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『藁の楯』

  • 藁の楯
  • 木内一裕 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込600円
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評価:星2つ

 問題設定の重さに比べて、決着があまりに軽い、ということは、エンターテインメント作品においてはしばしばあります。この作品を読んでいて「構想は壮大なのに、残念ながら打ち切りになっちゃったマンガ」っぽいなーと思ったのは、作者が元・マンガ家さんだから……じゃないわな、おそらく。

 多額の懸賞金をかけられた凶悪犯の護送任務に就いたSP。人間のクズを、自らの命を犠牲にしてまで守らなければならない状況に置かれ、職務への疑問を抱きながら、間断なく襲いかかってくる敵を撃退し続ける。テーマは確かに魅力的だし、戦闘描写も大いに盛り上げてくれたし、味方のはずの警察官や機動隊員ですら牙をむく、そんなひりひりとした緊迫感は、終始伝わってくるのですが……

 それだけに「こんな身もフタも無い最終解答でええんかいっ!」と突っ込みたくなるんです。それまでの展開がなまじっか素晴らしいだけに、正直、この終わり方には納得できなくて。

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『さようなら、コタツ』

  • さようなら、コタツ
  • 中島京子(著)
  • 集英社文庫
  • 税込480円
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評価:星3つ

 自分の部屋は、積みあがった書籍と雑誌のせいで、暖房器具が使えないくらいの荒廃ぶりなのですが、これはやっぱ、俺自身の心理状態を表現しちゃってるのでしょうかね。当然ながら、男女問わず、人は招待できません。倉庫に寝泊りしてるようなもんです。

 ことほどさように、部屋の様子を見ればその人の来し方行く末や性格が分かる、というのは真理で、たぶん、占いよりも当たる確率が高いんでしょうね。 この短編集で描かれるのは「部屋」を介した人々の心理。それは例えば、80畳の相撲部屋だったり、男の訪問を待つ三十路の独身女のひとり住まいだったり、といったように、形状や様態はさまざまですが、そこに生活する人々の「あり方」が、雰囲気として漂ってくる、醸し出されてくる、そんな感じがします。

 俺も一生に一度くらいは一人暮らしをしたいなあ、と思ってみてはいるのですが、ひとまずはこの部屋をもう少しきちんと片付けないといかんですね。

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『ボーイズ・ビー』

  • ボーイズ・ビー
  • 桂望実(著)
  • 幻冬舎文庫
  • 税込520円
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評価:星3つ

 この前「本音を思わず語っちゃって、少し後悔しました」って同僚から言われて、何とも複雑な気分に陥った俺なのですが……ええとそれは、俺が本音を語るに値しない相手ってことですかね? いやまあ確かに「ぶっちゃけ」とかいう品のない言葉が蔓延してる割には、真情を吐露する場面なんかめったにないのが実際のところですが、そんな諦めを一喝してくれそうなのが、この作品。

 複雑な家庭事情を抱えて一人悩む小学生・隼人と、職人気質が過ぎて孤独な日々を送る老人・栄造が、次第に心を通わせていく過程。本音と本音をぶつけあうことで、年齢差や世間のしがらみやその他もろもろの面倒をなぎ倒していく爽快感がたまりません。

 俺はしばしば本当に伝えたかったことを冗談に紛らわせてしまうため、嘘つき扱いされたり、まともに相手をしてもらえなかったりすることがしばしばですが、たまには彼らのように、真っ正直に本音をぶつける必要があるのかな、と。

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『日傘のお兄さん』

  • 日傘のお兄さん
  • 豊島ミホ(著)
  • 新潮文庫
  • 税込460円
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評価:星4つ

 俺は中高と男子校だったので、リアルタイムで十代の娘さんたちとの交流がほとんどなくて、大学入ってから塾講師のバイトやって、上から目線でしかその世代の女の子を見たことが無かった訳ですが。ま、つくづく感じたのは「女の子って、男の子よりはるかにしっかりしてんなー」ってことですね。

 この作品に出てくる女の子たちも、みんなしっかりしたいい子たちばっかで、更に俺の経験から来る印象を補強した次第。例えば、表題作のヒロイン・夏実。幼い日に遊んでくれた「お兄さん」と、逃避行を繰り広げる破目になるのですが、挙動不審で、見るからに怪しいお兄さんを終始リードし続けるその強さは、どっちが年上だか分からないくらい「お姉さん」ぽくて、見てて微笑ましい、と言うか、俺も一緒に連れてって(おいおいおい)と言うか、とにかく無性にいとおしくてなりませんでした。

 現実には間違いなく「犯罪」扱いでしょうけど、逃避行、してみたいです。

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『東京大学応援部物語』

  • 東京大学応援部物語
  • 最相葉月(著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星4つ

 そもそも体育会系の不条理だとか不合理だとかが死ぬほど嫌いです。「応援」という、一見他者への奉仕と見せかけて、実は自己陶酔の手段に過ぎない行為にも、一片の価値も見い出せません。ましてや、東京大学を終生の仇敵と決めている俺様です。嫌いなものの三段重ね、ジェットストリームアタックを前に、果たして読み通せるものかどうか、非常に危惧したのですが……一気に読んじゃいました。

 読み終わった後も、上記三件に関する見解を変えるつもりは全くありません。たぶんこれからも、スポーツの応援なんてみっともない真似は生涯しないでしょう。でも、応援したがる人に対して、あえて応援することの空しさを説いて回るようなことは、もうしないでおこうと思いました。

 応援する者たちにも、応援する者なりの理屈があり、熱意があり、人生がある、ということくらいは、認めてやらないといけないんだろうなあ、と思うし。大人だ。大人になったなあ俺様。

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『文壇うたかた物語』

  • 文壇うたかた物語
  • 大村彦次郎(著)
  • ちくま文庫
  • 税込924円
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評価:星3つ

 平成ももうすぐ二十年目を迎えようとしているのに、相変わらず昭和の呪縛からは一向に解放されていない自分を感じる時があります。人生の過半を平成で過ごしているのに、昭和に戻りたくて仕方なくなることもしばしばです。そんな「昭和スイッチ」が入ってしまうきっかけの一つが、この手の作品。

 現在はどうだか分かりませんが、昭和の御世には「文壇」なるものがあって、隠然たる権威を発揮していた訳です。この作品は、そんな時代に数々の文士達と交流した名編集長の回顧録。「作家」と言うより「文士」と言った方が、昭和の薫りがぷんぷんしてきますな。

 現在に至っても読み継がれる文学作品を書いた人たちがいる一方で、一世を風靡したものの、「昭和」という時代にあまりにマッチしすぎたために、今では古びて顧みられなくなってしまった人たちもいる。両者への目配りを忘れない、そのバランス感覚はまさに「編集長」としての本能によるものなのでしょう。

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『メールオーダーはできません』

  • メールオーダーはできません
  • レスリー・メイヤー(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込861円
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評価:星3つ

 洋の東西を問わず、主婦は事件に巻き込まれ、探偵になりたがるものなんだなあ、と。うちの母も、暇さえあればサスペンス系のドラマを見ふけり、今ではキャスト見ただけで犯人が分かるレベルになっていますが、その推理力を現実に生かすとなおよさそうですね。もちろん、事件に巻き込まれるのは、息子としてもいろいろめんどうなので勘弁してほしいですが。

 パート先の経営者が乗用車で排ガス自殺。しかし、順風満帆の人生を送っていた彼が自殺なんてありえない、と主人公・ルーシーが素人探偵を始め、あちこち探りを入れているうちに目をつけられ、次々と危険な目にさらされて……日本ならまだしも、アメリカでそんなことしてたら、そりゃ銃だのクスリだのと言った物騒なものが平気で出てくるんだろうなあ、と思ったら案の定。

 事件解決をめざしながら、主婦故の悩みを抱え、そっちの解決にも追われるルーシー。その姿は洋の東西を問わず、やはり忙しいようです。

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三浦英崇

三浦英崇(みうら ひでたか)

1970年1月16日生まれ。生まれも育ちも港町・ヨコハマ。ゲームのシナリオ書きから、データベースの子守りを経て、現在は携帯サイトの企画屋稼業。
活字なら何でも好き嫌いなく食べますが、特に好物はSFとミステリと歴史もの。好きな作家は……この字数じゃ書ききれませぬ。最近は、恩田陸、加納朋子、芦辺拓、川端裕人(以下多数)。本拠地は有隣堂の横浜ザ・ダイヤモンド店。
座右の銘は「本買わずに書店出る奴は負け」。
日常風景は「涼色貼雑年譜」(http://suzuiro.net/)にて。
mixiでも本名で出てるので、気が向いたら日記なぞご覧頂き、ツッコミ入れると吉です。

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