『盤上に君はもういない』綾崎隼

●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香

 幸せだなあ、こんなにも美しい小説を読ませてもらえて、私なんて幸せなんだろう...。読み終えた後の余韻が大きすぎて、暫く眠れずに呆然としました。これだから小説を読むのは止められない。読んでいるこちらの体内にまで染み渡るような、純愛の将棋小説です。

 将棋を題材にした作品といえば、あまりにも有名な棋士・村山聖を題材とした『聖の青春』や、2018年本屋大賞第2位を獲得した『盤上の向日葵』、漫画『3月のライオン』等沢山ありますが、この作品も堂々とそれらに並びたてる傑作です。...というか、未だにこの小説に登場する彼らが存在しない架空の人物だということが、信じがたいぐらいの存在感です。どうしてTVに飛鳥たちが映っていないの!?

 私は彼女たちに、彼女たちの美しく強く生きる姿に惚れざるを得ませんでした。おそらくこの作品を読んだ多くの読者が同じ道を辿ると思われます。

【史上初の女性棋士】を目指す。そこにすべてを賭けて戦う二人の女性がいた。永世飛王を祖父に持つ10代の天才少女・諏訪飛鳥、入退院を繰り返す病弱さと年齢制限間際というハンデを抱える千桜夕妃。観戦記者の佐竹亜弓たちが見守るなか、勝ち抜くのはどちらなのか──。

 飛鳥の心の強さにふるえ、夕妃の執念と謎めいた魅力に惹かれ、飛鳥らを献身的なまでに応援する亜弓に共鳴し...と登場する女性達の存在感がとにかく濃厚。この3人の女たちの関係性がもう...大変エモいです。

 厳しい世界で懸命に闘い続ける物語ですが、ついニヤニヤさせられてしまう部分もあります。飛鳥に対する好意を隠そうともしない最強に強い男・竹森稜太の存在です。容姿で褒められるタイプではない飛鳥に子どもの頃から(古い言い方をしたら)ゾッコンの彼視点での章を読むと、更に飛鳥と夕妃の魅力が膨らみます。

 夕妃を長年支え続けた師の朝倉七段やベテラン観戦記者・藤島、そしてどうやっても姉に並びたてない弟・千桜智嗣といった脇を固める人物まで魅力的。全5部と幕間で構成されている物語は、各章それぞれに"真実"のピースが散りばめられていて、終章である第5章でついに明かされます。

 もう、真実に辿り着いたときの、この...感動たるや! 気が付いたら目に膜が張っていて、それでもなんとか堪えつつラスト3頁を読んだところで、そこでついに涙がこぼれてしまいました。あれは無理です。本の中から声が聞こえた気がして、もうこらえきれませんでした。ああ泣かされた。

 発売前に送られてきたプルーフでまず読ませて頂いたこの小説、私も読み終えた直後に感想を書き、ツイッターでも「うおおお」と呟いたのですが、相互フォロワーで繋がれている書店員さん達の多くが、同じように熱い感想を呟いていました。

 この小説に込められた想いや熱量、なにより愛に触れられるという"幸福"を更に多くの人に体感してほしい。本当、ただそれだけです。

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宮脇書店本店 藤村結香
宮脇書店本店 藤村結香
1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。