『本所おけら長屋』畠山健二

●今回の書評担当者●勝木書店本店 樋口麻衣

 書店員になってよかったと思うことのひとつに、自分では選ばないジャンルの本を読む機会が増えたということがあります。出版社や著者の方とご縁があって、何気なく読んだ本がおもしろくて、きっかけがなければ読んでいなかったのかと思うと焦りにも似た気持ちになることもあります。そして書店員としては、お客様とその作品が出会えるきっかけをもっと作りたいという気持ちが強くなります。今回はそんな気持ちになった本の中から1冊をご紹介します。

 畠山健二著『本所おけら長屋』(PHP研究所)です。

 本所亀沢町にある「おけら長屋」の住人たちが織りなす人情時代小説。おけら長屋に騒動が持ち込まれて、おけら長屋の住人たちがドタバタ騒ぎを起こして、騒がしいおけら長屋の住人たちが協力して、騒動を解決します。ここまでの紹介の中だけで「騒」という漢字が4回も出てくるくらい、基本的に騒がしい雰囲気の作品ですが、読み進めるにつれ、その騒動が起きるのを心待ちにしてしまいます。そして、読めば心がじんわりと温かい気持ちで満たされていくのです。

 この作品の一番の魅力は何と言っても、登場人物たちのキャラクターの良さです。万造・松吉(万松)コンビはじめ、鉄斎、金太、辰次、久蔵、お染、徳兵衛、与兵衛、他たくさん、個性的なメンバーたちが笑わせてくれて泣かせてくれます。それぞれが主役の回があって、読めばきっと住人たちみんなのことが好きになると思います。

 そしてもう一つの魅力が読みやすさです。難しい言葉も出てこないし、時代背景を知らなくても大丈夫。会話のテンポがよくて、リズムに乗るように心地よく読めます。ストーリーや会話の中に笑いの要素がたくさん散りばめられていて、泣けるポイントもあって、飽きることがありません。短編なので、キリのいいところで読み終えることもできます。

 おけら長屋の住人たちは皆、本気で笑い、全力で怒り、心から泣き、がむしゃらにお節介を焼きます。そこには、親子・男女・仲間の本気の愛と絆があります。いろんな人がいるけれど、やっぱり人っていいな、人の気持ちって温かいなと思えます。読み終わって、ページを閉じると、文庫本からおけら長屋のみんなの騒がしい声が聞こえてきそうなくらい、いつの間にかみんなのことが身近な存在になっていました。

 時代小説をあまり読まない方にも、ぜひおすすめしたい作品です。気軽な感じで読んでみてください。一巻目を読み終わる頃には、すっかりおけら長屋ファンになる人も多いと思います。巻を追うごとに長屋のみんなの魅力もストーリーのおもしろさもどんどんパワーアップしていますので、お楽しみに!

 8月にはシリーズ最新刊の11巻が発売されました。余談ですがこの11巻、作中のある役で、私の名前(ひぐち・まい)が登場しています。探してみてください。

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勝木書店本店 樋口麻衣
勝木書店本店 樋口麻衣
1982年生まれ。文庫・文芸書担当。本を売ることが難しくて、楽しくて、夢中になっているうちに、気がつけばこの歳になっていました。わりと何でも読みますが、歴史・時代小説はちょっと苦手。趣味は散歩。特技は想像を膨らませること。おとなしいですが、本のことになるとよく喋ります。福井に来られる機会がありましたら、お店を見に来ていただけると嬉しいです。