『アクティベイター』冲方丁

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 いやもう読んでる間、ずっと身体中の筋肉がパーンと張ってる感じだった。血圧も上がってたかも、やばいね。

 ある日突然中国のステルス爆撃機に乗った女性パイロット楊(ヤン)が亡命を希望する、って、昔あったぞ、そういう事件。
 1976年、函館空港に着陸し、アメリカへの亡命を希望したミグ25に乗ったベレンコ中尉。そうか。今だにあの対応が「前例」となっているのか。あの時、世間は大騒ぎになったと思うのだけど、その後のことは全く記憶にない。この記憶のなさというのがもしかするとある意味「問題」とつながっているのかも。なんて自分の無知さ無関心さを正当化してみる。

 しかし、今作での事件は単なる亡命が目的ではないようだ。なんと、そのステルス爆撃機には「核」が積まれているという。うわ、これ最大級の恐怖。核がいきなり羽田に着いただと!本当だとしたらえらいこっちゃぞ。

 聴取を行うのは警察庁の鶴来警視正。完全なるエリート。人を使うこと、他者も自分もコントロールすることに長けた沈着冷静な男。うはー。いやだねぇ。こういう男。

 亡命事件にどう対応するか。まずは「対策」そのもの、というよりも政治的あれこれが始まる。急遽、羽田に集まってくる面々。
 防衛装備庁長官官房装備官、東京空港警察署副所長、出入国在留管理庁出入国管理部審判課長、外務省在外公館警備対策官、経済産業省肩書なし氏。ん?なぜ「経済産業省」の肩書もない男がこんな国家の一大事にふわりと登場するんだ。そもそも「経済産業省」って何するところなんだ。

 それぞれの目的、思惑、そしてそこにいる意味が明らかになるのはずっと先、何度も両手をわきわきさせた後のこと。

 とにもかくにも詳しく聴取するため女性パイロットを入管庁へと移送するのだが、その途中で彼女はさらわれる。誰が、どうやって、何のために。
 そこに偶然絡んでくるのが、鶴来の義兄、今は「民間企業」に警備員として雇われている真丈。この真丈がめちゃくちゃ強いんだ。もう、全くもって強さがハンパない。しかも、なんだかワケあり。その「ワケ」ありな事情で関係のない事件に首を突っ込み大立ち回りを演じまくる。やったれ!もっとやっつけちゃれ!と興奮度高まる高まる。

 そして、鶴来&真丈の義兄弟コンビと見えぬ敵との戦いが始まる。

 基本的に自分は動かず頭を使って人を動かしていく鶴来と、ひたすら動き最大のコネクションを使いつつ自らの身体すべてで突き進む真丈。静と動。知と体。しかも確たる信頼に基づく絶妙なコンビネーション。
 なんだ、鶴来、最初に思ったよりいいヤツじゃないか。見直したぞ。

 長浦京さんの通称「鼻血本」『アンダードッグス』もそうだったのだけど、これもとにかく読んでる間、アドレナリンでまくり興奮しまくり。
 ワケあり男、真丈が「亡命」の後ろにある巨大な敵と対峙していくその派手な闘いっぷりの興奮度たるや。いざ、という場面の前に思わず自分も両手を「わきわき」させて臨戦態勢をとる。読みながら自分もやっちゃう「わきわき」。

 相手への予測や動き、繰り出す手、がかなり細かく描かれていて、実際にやってみたくなって困る。頭の中で映像化しながら読むのだけど、細かいところがわからない。
「これ、どういう動き?」
 自分が武術や格闘技に縁がなかったことが悔やまれる。誰か実演して欲しい。あるいは映像化してください!

 あ、映像化キャストは、鶴来はハセヒロ、真丈は西島秀俊で。そうそう、きっと人気キャラになるであろう影武者(クリムジャ)は綾野剛でよろしく。

 と、真丈の戦闘ばかり熱く語ってしまったけれど、本題は「亡命」事件の後ろにある、この国に今も存在する大きな問題。明るみにも出ない、誰も触れることのできないその問題とこの先もずっと私たちは生きていくのか。

 興奮が冷めた後にやってくる脱力感。熱さの中で触れたひやりとした真実。こわいこわい。あり得ない話ではない。というか、すでにあり得ているのかもしれない。こわいこわい。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。