『時をかけるゆとり』朝井リョウ
●今回の書評担当者●福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
小説家 朝井リョウは天才だ。
彼の文章が好きだ。愛していると言ってもいいくらいに。
『桐島、部活やめるってよ』インパクトあるこのタイトルでデビューし、『何者』『世界地図の下書き』『正欲』と、多くの名作を生み出している。
小説での「朝井リョウ」という名前は、おそらく沢山の人の目にとまっているだろう。
特に映画化もされた『正欲』は、価値観をぶっ壊される物語だった。
読む前と読んだ後では、自分自身が違う人間になったような感覚になった。読む前の自分には戻れない。
素晴らしい作品だ。
そんな彼のエッセイはとんでもない傑作である。
誤解を恐れずに言うならば、前に述べた小説を生み出した同一人物が書いたとは思えないほどの、おばかでくだらない内容だ。
ただただ面白い日々の詰め合わせだ。
何度も噴き出してしまう。爆発力がすごい。何の心配もなく読める。
これは、後世に語り継ぐべき傑作だ。
この『時をゆかけるとり』は、『学生時代にやらなくてもいい20のこと』を改題し、さらに3篇を追加収録し文庫化された。
本の表紙を開くと、まず著者(自己)紹介がある。
『2009年「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。お腹が弱い。10年「チア男子‼」でスポーツならではの大人数の書き分けに失敗。13年「何者」で第148回直木賞を受賞し、一瞬で調子に乗る。(中略)春服と秋服が全く同じ。物持ちがいい。バカ舌。』
もう愛おしい。天才も人なのだ。
著者初のエッセイ集である今作はおもに学生時代のこと、社会人のはじめのほうの日々のことが書いてある。
読み進めていると気付く。
なぜこんなにも、ちょっと様子の変わった人との遭遇率が高いのか......?
彼の周りにはユニークな友人が登場する。それとは別に、街のマックで、映画館で、病院で、稀有な存在に出会ってしまうのだ。
作中に『私は、知らない人に話しかけられることが人よりも多い気がする。』ともある。
きっと引き寄せてしまう、そしてその状況を(怯えつつも)楽しめる彼だからだろう。
彼の視点は一般的で共感できる部分は多々あるが、その表現する言葉たちや見逃さずに突き詰めていく思考は独特だ。
とにかく、面白い。
.........『面白い』ということを伝えるのがこんなにも難しいということを私はいま痛感している。
どうか伝わってくれ。
そして『過去に朝井氏自身が書いたエッセイに自ら添削する』という画期的な試みがある。
本文下部スペースに注釈のように、本人のツッコミが入っているのだ。
これが、非常にコミカルで悶絶してしまう。本人が過去の自分にツッコんでいる。ひとり漫才だ。彼はいつも己と戦っている。
あれほど素晴らしい作品を書いても、偉大な賞を受賞しても、雲の上のひとになってしまわずに「普通の人っぽさ」みたいなところばかりあるのが好きだ。
『時をかけるゆとり』を読み終えてしまっても大丈夫、安心してほしい。
『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』彼のエッセイは3部作だ。
噴き出してしまうので、どれもひとりで読んでほしい。電車やバスでは無理だ。
朝井リョウ氏のエッセイは爆弾である。
- 『明日、晴れますように 続七夜物語』川上弘美 (2024年7月4日更新)
- 『あたしの一生 猫のダルシーの物語』ディー・レディー (2024年6月6日更新)
- 『ここはすべての夜明けまえ』間宮改衣 (2024年5月9日更新)
- 福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
- 福岡県糸島市在住。2020年福岡金文堂志摩店入社。2022年頃から文芸文庫担当。夫がひとり娘がひとりの3人家族。江國香織が好き。大好き。ミステリやコワいものグロいものも大好物。整体ですべての筋肉が眠っていると言われたことがある。だからかよくつまづく。いろんな意味で。