『博物館の少女 怪異研究事始め』富安陽子
●今回の書評担当者●精文館書店豊明店 近藤綾子
親と同じ職業を選び、そして、その親が偉大であったならば...
第165回直木賞を受賞した澤田瞳子さん『星落ちて、なお』(文春文庫)は、画鬼と呼ばれた天才絵師河鍋暁斎の娘である とよを主人公にした一代記である。
暁斎の娘として、そして弟子として、同じ絵師を歩む暁翠こと とよは、偉大な父を超えることは出来ない。それでも、暁斎亡き後、兄弟との軋轢がある中でも、父の画風を守るべき、絵を描き続けるとよであったが、子育てに追われる日々であり、何より、この時代、女性の立場は弱く、絵の道だけでやっていくことは許されない。
そんなとよの少女時代が登場する小説がある。富安陽子『博物館の少女』(偕成社)である(現在2巻まで)。ジャンルでいけば、児童書になるが、大人も充分楽しめる。一作目の『博物館の少女 怪異研究事始め』では、大阪から上京してきた古物商の娘のイカルが、親戚に頼まれた用事で上野の博物館(現東京国立博物館)を訪れたことから物語は始まる。目利きの才を認められ、古蔵で怪異を研究している通称トノサマの手伝いをすることになったイカル。そんなある日、収蔵品の黒手匣を盗まれる事件が発覚。隠れキリシタンゆかりのものと言われる黒手匣。一体、誰が? 何の目的で?
誕生したばかりの博物館とその蔵、隠れキリシタン、黒手匣、神田教会等など、怪しげで魅力的な言葉がたくさん。謎が謎を呼ぶ展開。事件の謎を追う、イカルとトノサマたち。
ミステリーとファンタジー要素が加わっていて、読み応えたっぷり。テンポが良い文章である上に、謎が気になって、ページをめくる手が止まらない。そして、何といっても、登場する人物が魅力的! 主人公のイカルは、両親を亡くし、一人で上京してきたという辛い境遇であるが、健気で元気で前向き。目利きの才もあり、博識。子供ながらに、トノサマ達と謎を追うなんて、何だか、どこぞのコナン君なみに、すごい。そして、この小説の注目すべき特色は、実在した人物が登場していることであろう。トノサマこと織田賢司をはじめ、絵師の河鍋暁斎、そして、イカルに博物館への用事を頼んだ人物こそが、河鍋暁斎の娘であるトヨである。同世代のイカルとトヨは友達となるのだが、この2人の様子がこの年齢の女子ならではで、とても微笑ましい。
二作目の『博物館の少女 騒がしい幽霊』には、さらに、大山巌や捨松、その娘達と実在の人物が登場。二作目では、イカルが潜入捜査のようなことをするし、強盗や殺人事件までが起きる。ちゃんと伏線ある上での鮮やかな解決となり、ミステリ好きとしても満足出来る。また、トヨは、展覧会に向けて頑張る姿と葛藤が描かれる。史実で、トヨのことを知っているばかりに、肩入れしたくなるのか、葛藤から、ついイカルに声を荒げてしまう場面など、トヨのことを思うと胸が苦しくなる。次作では、更に苦悩する姿が見ることになるかもしれないが、イカルとお団子を食べたり、楽しくお喋りする場面は、一作目同様、普通の少女らしい面が見られて、ほっこりした。実在のトヨにも、こんな少女時代を過ごしていて欲しいと願わずにはいられない。
捨松やトヨは、現在以上に男尊女卑の時代を、苦労しながらも、格好よく生きた女性たちと言えるだろう。そして、イカルは、フィクションとはいえ、少女でありながら、大人顔負けの仕事をし、大活躍。別にフェミニストではないけど、イカル達と同世代の子供達に、特に女の子達に、読んでほしい。夢を持ち、前向きになれると思うから。
只今、絶賛夏休み期間。活き活きとした子供達が活躍する、この楽しい小説こそ、読書感想文の課題図書にしたら良いのに!と思っていたら、「名古屋市の先生がえらんだ夏のすいせん図書」に選ばれているのを勤務先の課題図書コーナーで発見。おお!名古屋市の先生方、ナイスです!
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- 精文館書店豊明店 近藤綾子
- 本に囲まれる仕事がしたくて書店勤務。野球好きの阪神ファン。将棋は指すことは出来ないが、観る将&読む将。高校生になった息子のために、ほぼ毎日お弁当を作り、モチベ維持のために、Xに投稿の日々。一日の終わりにビールが欠かせないビール党。現在、学童保育の仕事とダブルワークのため、趣味の書店巡りが出来ないのが悩みのタネ。