『ナチュラルボーンチキン』金原ひとみ
●今回の書評担当者●福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
金原ひとみさんの作品はエネルギーで溢れている。
言葉の威力がでかい。
ドッヂボールで例えるなら、ばすんばすん絶え間なく当てられている状態だ。いやドッヂボールで当たりまくっているということはルールも崩壊、もはやお手上げ状態だ。そして逃げようもなく向かってくるエネルギーの塊は胴体に、からだの真ん中にぶつかってくる。
主人公、兼松書房に勤める浜野文乃は
『趣味もなければ特技もなく、仕事への矜持もなく、パートナーや友達、仲のいい家族や親戚もペットもなく、四十五にして見事に何もない。』
毎日同じ時間に出勤退勤し毎日同じようなご飯を食べ毎日同じような一日を繰り返す日々だ。
ある日上司から編集部の平木さんという女性のお見舞いに行ってほしいと頼まれる。スケボーで転んで捻挫をして、二週間在宅勤務をしていた平木さんから、在宅勤務延長を乞うメールがきたからだ。文乃は労務課。彼女とは面識もない。しかし平木さんのお見舞いに行ってから、ルーティン女浜野文乃の人生は大きく、それはもう大きく、動き出すのだ。
平木さんを通じて、文乃は色々なことに出会い驚く。
まさかさんとの出会いもそのひとつである。
浜野文乃とまさかさん、二人の会話がとにかくいい。
言葉をきちんと使おうという気持ちがわかる。大人だ。この空気がすきだ。平木さんとの会話も、言わずもがなとてもいい。
作中のユーモアのある会話が楽しくて、読みながら嬉しい気持ちがむくむく湧いて、たぶん顔もうっすら微笑んでしまっていたと思う。こんな風に、言葉を受け止めてくれてちゃんと会話ができる人はなかなか出会えない。
会話のスピードというか波長というか間というか、話していて「ああこの人にはきっと伝わっているな、嬉しいなあ」と感じるときの沁み込むような喜びを、この本では何度も味わえる。
それだけではなく、ヤスリ付きの刀で突かれたような、突き抜かれたような、体にガッツリ傷が残るような箇所もあるけれど、無理しすぎずにもう少し姿勢良く頑張ってみようかなと思える作品でもある。
金原ひとみさんはとても誠実だと思う。
「私はこう感じたし、私の内臓はこうなっています」とこころとからだの内側を見せてくれているような誠実さ。
丁寧に伝えてくれたことが嬉しくて私もあわてて自分の内臓を見せようとしても「結構です」とサッパリ断られるような清々しさ。
私とあなたは別の人間である。
と文字にすると当たり前の事だけれど、
別の人間でありそれを尊重している。と、彼女の作品から感じる。
私はいまこの物語に出会えたことに感謝している。
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- 福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
- 福岡県糸島市在住。2020年福岡金文堂志摩店入社。2022年頃から文芸文庫担当。夫がひとり娘がひとりの3人家族。江國香織が好き。大好き。ミステリやコワいものグロいものも大好物。整体ですべての筋肉が眠っていると言われたことがある。だからかよくつまづく。いろんな意味で。