『スロウハイツの神様』辻村深月
●今回の書評担当者●田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
誰しも一度は、人生を変えるような心動かされる作品との出会いがあるのではないでしょうか。
本、映画、音楽、写真など、それは人によって様々です。
本書は、そんな誰もが一度は経験する「人生を変えるような心動かされる作品との出会い」を思い起こさせてくれる1冊です。
物語の舞台は、アパート「スロウハイツ」。
若いクリエイターたちが共同生活を送りながら、夢を語り、過去と向き合い、様々な葛藤を抱えながら成長していく青春群像劇です。
最初は静かな描写が続くため、読み進めるのに少し時間がかかりました。
しかし後半からは、予想もつかない展開にページをめくるのももどかしいほどドキドキしながら一気に読んでしまいました。
静かな描写の中に散りばめられた伏線に気づいたときは、感動のあまり声にならない叫びが心の中で響きました。
伏線回収の見事さに、読後の爽快感が大きかったです。
また、心理描写が非常に丁寧なので、伏線回収の度に読み返したくなります。
その部分だけ読もうと思っても、ついそのまま読み続けたくなる。
一度では読み切れない繊細な描写が魅力です。
また本書を通して、クリエイターとしての「業」と、その覚悟の大きさに触れることができたのは、この本と出会えて本当に良かったと思える点です。
登場人物たちが、もがきながらも創作に向き合う姿を見て、私自身も作品に対する心構えが根本から変わりました。
作品が受け手に与える影響は大きく、制御不能であり、時に暴力的です。
肯定も否定も、受け手の自由な解釈が関わってくるため、予想外の評価や反応に直面することもあります。
時には、自ら生み出した作品に傷つけられることさえあります。
この解釈の不確実性が恐ろしくもあり、同時に創作の魅力そのものでもあります。
「伝えたかったことはそうじゃない」という思いを抱えながら、受け手に解釈の自由を委ねる覚悟と勇気は計り知れません。
チヨダ・コーキの言葉にもその覚悟が現れています。
『僕の書いたものが、そこまでその人に影響を与えたことを、ある意味では光栄に思っています。人間の価値観を揺るがせてしまうなんて、小説って、僕が思う以上にすごい。作家冥利に尽きます』
初めてこの言葉を読んだとき、とても強烈で、その不謹慎さにぎょっとさせられましたが、彼の作品に対する想いの強さに共感し、その純粋な言葉には嫉妬すら覚えました。
一方で、自分の作品に自らの人生を狂わされながらも、創作活動に魅了されて辞めることができないところにクリエイターの業の深さを垣間見ました。
彼のこの不完全さや未熟さが、人の心を動かす力を作品に宿すのだと感じます。
世間からどれだけ批判されても、クリエイターが創作を辞めても、一度誰かの心を動かしたものは永遠にその人の心に生き続けます。
人が創り出すものの力の強さを改めて感じると同時に、心を動かすのはプロのクリエイターの作品だけではないことにも気づかされました。
私自身の経験を振り返ると、苦しいときや自信を失いそうなとき、必ず思い出す人がいます。
その人の言葉や笑顔は年月がたっても変わらず私を支えてくれます。
そして誰かを支えたいとき、その人の言葉を自然と借りていることに気づきます。
そう考えると、私達が日々発する言葉も、誰かに影響を与える一種の創作物なのかもしれません。
この本は、そんな私にとって大切な人から薦めてもらった一冊です。
あなたも知らず知らずのうちに、誰かの心を動かす素敵なクリエイターになっているかもしれません。
- 『幸せなひとりぼっち』フレドリック・バックマン (2024年8月15日更新)
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- 田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
- 田村書店吹田さんくす店に勤務して3年弱。主に実用書・学参の担当です。夫と読書をこよなく愛しています。結婚後、夫について渡米。英語漬けの2年を経て、日本の活字に飢えに飢えてこれまで以上に本が大好きになりました。小さい頃から、「ロッタちゃん」や「おおきな木」といった海外作家さんの本を読むのが好きです。今年の本屋大賞では『存在のすべてを』で泣きすぎて嗚咽しました。