『市川崑と『犬神家の一族』』春日太一
●今回の書評担当者●精文館書店豊明店 近藤綾子
息子が子鉄だった頃、大井川鉄道のSLに乗りに行ったことがある。もちろん、息子のためであるが、実は、私にはもう一つ、目的があった。それは、大井川鉄道の家山駅に行くこと。なぜなら、市川崑監督の金田一耕助シリーズ『悪魔の手毬唄』のロケ地であるから。印象深いラストシーンは、岡山の総社駅が舞台となっているが、撮影場所は、静岡県の家山駅なのだ。
で、行ってみたら、映画で見たままの駅舎に、そして、ホームが残されていて、息子そっちのけで興奮しまくったものだ。ラストシーンの若山富三郎の演技が蘇る。とにかく、本当に素晴らしい映画なのだ。
というわけで、今回、取り上げる本は、『市川崑「悪魔の手毬唄」完全資料集成』(洋泉社)だ!と決めたのに、洋泉社は2020年に宝島社に合併吸収され消滅。ということは、この本はダメじゃないか...。写真も内容も最高に良いのに。
それにしても、書店はどんどん閉店していくし、出版社も厳しい。この業界に未来はあるのか?!と嘆いている場合ではなく、本を決めねば...と新たに決めた本は、春日太一『市川崑と『犬神家の一族』(新潮新書)! 春日さんなら、今なら、第55回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)を選ぶべきだと思うが、頭の中が市川崑、金田一耕助になっているから、『市川崑と『犬神家の一族』の一択あるのみ。
今の若い人たちは、市川崑監督の金田一耕助の映画を観たことがないかもしれない。元々は、角川書店が横溝正史の文庫を売るため宣伝用に作られた映画であり、その第一弾が『犬神家の一族』であった。観たことがない人も、スケキヨという名や、白いゴムマスク姿、湖に逆さまに両足が突き出ている死体等々は見たことがあるのでは?
さて、市川崑と聞けば、巨匠のイメージが浮かぶと思うが、実際はちょっと違うことが分かる。もちろん、巨匠には違いないと思うが、エンターティナーという名が相応しいと思える。様々なジャンルの映画を撮った市川崑。また、市川崑の映画は、とにかく、クールでスタイリッシュで、そして美しい。映画なのに、一場面一場面が絵画のようなのだ。これは、市川崑が元々アニメーター出身である所以なのだ。なにしろ、オープニングのキャストの名前でさえ、格好いい。映画を初めて観たのは子供の頃だが、あまりの格好の良さに、感動したことを未だに覚えている。あの文字のフォントやレイアウトは、エヴァやドラマ『古畑任三郎』にも影響を与えたほどである。興味のある方は、小谷充『市川崑のタイポグラフィ「犬神家の一族」の明朝体の研究』(水曜社)がおすすめ。
キャストといえば、市川崑がいかにキャスティングに優れていたかも分かる。なぜ、金田一耕助役に、石坂浩二を採用したのか。その理由に、目から鱗が何枚も落ちることだろう。また、本書の最後には、石坂浩二のインタビューがあるのだが、これが、撮影時のエピソードが満載で実に面白い。あのカット割りは、こうやって撮影されていたのか!と、市川崑のこだわりに、驚く。横溝正史の金田一耕助シリーズは、原作のままだと、重く、おどろおどろしく終わるだろう。それを、市川崑独自のユーモアある演出や映像美、また深い人間ドラマが加わることにより、ただのミステリー映画で終わることなく、エンターテイメントな映画に仕上がっている。だから、犯人が分かっていても、何度も観ることが出来るのだ。
本書は、まだ映画を観たことがない人にも、分かりやすく面白く書かれている。読むと、映画『犬神家の一族』を観たくなるし、観直したくなるはず。
当時流行った角川映画の宣伝文句でいうと、さあ、あなたは、読んでから見る? 見てから読む?
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- 精文館書店豊明店 近藤綾子
- 本に囲まれる仕事がしたくて書店勤務。野球好きの阪神ファン。将棋は指すことは出来ないが、観る将&読む将。高校生になった息子のために、ほぼ毎日お弁当を作り、モチベ維持のために、Xに投稿の日々。一日の終わりにビールが欠かせないビール党。現在、学童保育の仕事とダブルワークのため、趣味の書店巡りが出来ないのが悩みのタネ。