『幸せなひとりぼっち』フレドリック・バックマン
●今回の書評担当者●田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
「典型的な古い男」の全てが詰まっているオーヴェという男が、通ります。
もともとは、偏屈で頑固な中年男「オーヴェ(架空の人物)」のエピソードを著者が面白おかしくブログで書いたところ、多くの共感を集め、大人気となったことが元で書かれたのがこちらの1冊。
目次を見たらちょっと驚いてしまうほど『オーヴェという男』という文字がズラリと並びます。
この1冊で、とことんオーヴェという男がどんな人なのかが分かります。
そして、知れば知るほどオーヴェを好きにならずにはいられません。
あまりの人気に世界各国で翻訳され、映画化したところ、自国のスウェーデンでは国民の5人に1人が見たという大ヒットを記録します。
不愛想で口うるさく、頑固で不器用、曲がったことが大嫌いでルールを破る人間にはところかまわず説教をする、とっつきにくい男。人間不信でちょっと意地悪。
目で見て触れられるものや答えがはっきりしているものしか理解できない、どうしようもないほど融通が利かないオーヴェ。
こんな人が近くにいたらできる限り距離を置いてしまいそうだけど、『なんだか似た人にお世話になった記憶があるんだよなぁ』と、懐かしい思い出が蘇ります。
オーヴェのあまりの偏屈さに思わずクスクス笑ったり、『もっと楽に生きる方法あるよ~』と思いつつも『この人は変わらないんだよなぁ』と、オーヴェという男の生きざまにハラハラしつつも、羨ましさを感じたりもします。
時代の変化に対してクソくらえ!と言わんばかりの反抗心を見せるオーヴェは、『ついていけない』ではなく、『こんなものに頼らないと何もできないなんて情けない』と考えます。
オーヴェは車を分解して組み立て直せるし、家だって建てられる。
一見すると頭が固くて時代にどんどん取り残されているように見えるけれど、彼自身なにも失ってはおらず、むしろ時代の変化に取り残されまいとする私達が失っているものに気づかせてくれます。
オーヴェという男がもしも現実にいれば、どちらかというと人から疎まれ、忌み嫌われやすいでしょう。
そんな男をこれほどまでに多くの人に愛される人物に描けたのは、著者がどんな人にも愛のある目線を向けていたからだと本書を読めば強く感じます。
物事は捉え方、見る角度ひとつで、こんなにも愛おしく思えるのだと、前向きな気持ちになります。
言い訳がましいフォローは一切ないのに、彼の頑固さの中に真面目な真っすぐさを感じ、厳しさの裏側には平和を守る正義感が見え、不器用な言動の節々に愛を見つけてしまいます。
『人の良い所を見つけましょう』とは良く言われますが、『ここちょっと苦手だな』と思う部分に対しての見方を変えられると、もっと人のことを好きになれて楽しいだろうなぁと思います。
世間にはオーヴェが溢れているかもしれない。
そして見どころは、オーヴェがどうして「オーヴェという男」になったのか、それが語られる部分です。
オーヴェという男は最初から最後まで何も変わりません。
変わるのは私たち読者のオーヴェという男の見方です。
1人の人間の人生ほど奥深いものはなく、1冊の本で描けるほど簡単なものではない。
だからこそ、それを実現しているこの本は特別だと感じます。
また、翻訳本ですがとても読みやすく言葉選びが素敵です。
「それもシャンパンの泡ならこんな風に笑うだろうと想像するような、くすくす笑いだった。」
「人を愛することは、家に引っ越すのに似ている」
など、なんて素敵な文章なんだろう、なんて愛しい表現なんだろうと、繰り返し目でなぞりたくなりました。
これが著者のデビュー作だなんて信じられません。
大切な人には絶対に勧めたい1冊です。
- 『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎 (2024年7月18日更新)
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- 田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
- 田村書店吹田さんくす店に勤務して3年弱。主に実用書・学参の担当です。夫と読書をこよなく愛しています。結婚後、夫について渡米。英語漬けの2年を経て、日本の活字に飢えに飢えてこれまで以上に本が大好きになりました。小さい頃から、「ロッタちゃん」や「おおきな木」といった海外作家さんの本を読むのが好きです。今年の本屋大賞では『存在のすべてを』で泣きすぎて嗚咽しました。