『フェイク・マッスル』日野瑛太郎
●今回の書評担当者●精文館書店豊明店 近藤綾子
書店で本を選ぶキッカケとなるのは、何ですか?表紙などの装丁、帯に書かれた言葉、出版社が作ったパネルやPOP、もしくは、書店員が作ったPOPですか?帯やPOPには、当たり前だけど、その本について、ひたすら、絶賛の言葉が並んでいる。しかし、衝撃の犯人だとあるけど、全然、衝撃ではなかったり、爆笑するとあるけど、完全に笑いが滑っていたり、何回泣いたとか、何秒で泣いたとか、出版社のありとあらゆる関係者が泣いたとあるけど、一滴の涙も出ないとか。まあ、このあたりは、個人差があるので、何とも言えませんけどね。
とにかく、少なからず、帯やPOPの宣伝文句で、本を買って読んでみたものの、ちょっと思っていたのとは違うという経験があるのでは?!とはいえ、やはり、帯やPOPは、本の選択には欠かせないもの。
ここで朗報。所詮、宣伝文句なんて、大げさなものだと割り切っている皆さん!次の宣伝文句は、偽りなしです!
第70回という節目の江戸川乱歩賞受賞作。
江戸川乱歩賞といえば、数々のすごい作家を生み出してきた賞。今回、いつもの選考委員に、更に豪華な選考委員が加わった! そのメンバーたるや、東野圭吾、湊かなえ、辻村深月、綾辻行人、有栖川有栖!なんて、豪華なんや! で、その豪華な選考委員がみんな大絶賛している作品があるんです! それが、今回、受賞した日野瑛太郎さん『フェイク・マッスル』!
読み始めて、すぐに、びっくり。新人作家のはずなのに、文章に淀みはないし、テンポもいいし、何といっても、とても面白い。そして、書店員として、とても売りたいと思った。おすすめしたら、絶対、喜んでくれそうな常連さん達の顔が浮かぶ、浮かぶ。
さて、肝心な話はというと、人気アイドルが、たった三か月のトレーニングで、ボディビルの大会で上位入賞を果たす。SNSでは、あれは偽りの筋肉だと疑惑がもたれ、炎上する。疑惑の真相を探るため、週刊誌記者の松村が、疑惑のアイドルがプロデュースするジムに潜入取材をすることになる。
頼りなく、やる気もなかった松村くんが、潜入取材をするうちに、それこそ、本当に、身も心も成長していくのである。
潜入取材に、ハラハラワクワクするし、大捕り物は、まるで映画『スティング』のようで、最高。アイドルの筋肉は偽りなのか?という真相を追ううちに、それだけはない意外な展開が待ち受けていて、これがまた面白い。そして、面白くて、為になったのは、筋肉について勉強になったこと。これが、とても深くて、筋トレにはまっていく人の気持ちが少し分かった気がした。
今回の受賞で、次作もきっと出版されるはず。松村くんの潜入取材シリーズがいいなぁと、今から、勝手に期待して、楽しみである。
そうそう、この本を買うと、お得なことがあって、巻末に、今回の江戸川乱歩賞の各審査員の選評が載っていること。おっ!この作家さんと同意見だ!とか、なんか意見が合わないな~と思ったら、元々、苦手な作家さんだったり...笑
「精神の存在証明のためには、行為が要り、行為のためには肉体が要る。かかるがゆえに、肉体を鍛えなければならない。」
本作にも登場する三島由紀夫の言葉である。精神を鍛えるためには、まずは、肉体を鍛えることってことだが、本作の松村くんそのものである。
なるほど。やはり、私も筋トレを始めよう!枝豆をつまみながら、3缶目のビールを飲み干す。とりあえず、明日からだな。
- 『博物館の少女 怪異研究事始め』富安陽子 (2024年8月8日更新)
- 『神の悪手』芦沢央 (2024年7月11日更新)
- 『イギリスのお菓子とごちそう アガサ・クリスティーの食卓』北野佐久子 (2024年6月13日更新)
- 精文館書店豊明店 近藤綾子
- 本に囲まれる仕事がしたくて書店勤務。野球好きの阪神ファン。将棋は指すことは出来ないが、観る将&読む将。高校生になった息子のために、ほぼ毎日お弁当を作り、モチベ維持のために、Xに投稿の日々。一日の終わりにビールが欠かせないビール党。現在、学童保育の仕事とダブルワークのため、趣味の書店巡りが出来ないのが悩みのタネ。