『岡村靖幸のカモンエブリバディ』岡村靖幸

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

  • 岡村靖幸のカモンエブリバディ
  • 『岡村靖幸のカモンエブリバディ』
    岡村 靖幸
    双葉社
    2,090円(税込)
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 私は岡村靖幸に五色そうめんを食べさせたことがある。

「岡村靖幸のカモンエブリバディ」というラジオの中に、咀嚼音コーナーというものがある。リクエストされたものを岡村さんが食べて、リスナーはラジオでその咀嚼音を聴くという、謎のコーナーだ。

 私は愛媛県の名物、五色そうめんをリクエストしたところ、見事選ばれた。つゆをつけすぎずに食べることをおすすめすると、その通りに食べてくれたし、美味しいと言ってくれた。完全な勘違いだが、岡村靖幸の胃袋を掴んだ気持ちになれた。

 しかし、残念ながらこの本に咀嚼音コーナーの記載はない。「ないんかい!」と新喜劇のようにズッコケそうになったが、咀嚼音は文章化できないから、当然である。

 さて、岡村靖幸はあざといと思う。

 長年音楽活動を続けているし、若いアーティストからも好まれているから大御所だと思うが、知らない分野を積極的に知ろうとしていて、低姿勢で、大御所感が全くない。

 例えば、ベテランアナウンサーの加賀美幸子指導の下、苦手な古典を読んだり、河合敦先生から歴史を学んだりして、歴史からコロナ禍をどう乗り越えるかを考えていた。他にも、年始の回では、初笑いをファンに届けようとラジオコントにも挑戦していた。その全てにおいて腰が低いし、その分野のプロたちと意見を交わしあえるほど予習をしてから対談に臨んでいる。本の冒頭にも書かれているが、ドキュメンタリーを読んでいるような感覚になる。

 そして、ふと我に帰ると、好感度を上げようとしていてあざといな、と思う。だが、そのあざとさに嫌味はない。なぜか?それは、リスナーのため、すなわち、お客様のためにやっているからではないかと思った。自分も興味があるし、きっとみんなも聴いて楽しいだろうということを考えてやっている。そういう嫌味のないあざとさは、客商売をしている私にはとても参考になった。自分も楽しめて、お客様も楽しませることができたなら最高だ。

 余談だが、私は岡村靖幸に密かに感謝している。

 コロナ禍でツアーに行けず、どうすれば見に行けるかと考えた結果、「私がビッグになってラジオで対談しよう」と思いついたのだ。

 私は趣味で小説を書いているが、角川ホラー文庫で育った私の小説はグロいから、応募するのが恥ずかしく躊躇していた。でも彼のおかげで応募する決心がついた。そして小説の手直しを始めると、その作業は達成感があってとても楽しく、一生の趣味を見つけた気がした。

 私がビッグになることは絶対にないが、いい趣味と出会うきっかけをくれたから勝手に感謝している。この書評が少しでもそのお礼になればいいなと、わがままだが願っている。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。