『眠れない夜にみる夢は』深沢仁

●今回の書評担当者●HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎

 誰にでも、忘れられない夜というものがあると思います。
 大勢で賑やかに過ごしたり、ごく親しい人と二人きりだったり。思いもかけない秘密の告白、または周到に準備されたサプライズ、冷たい夜や蒸し暑い夜など、その空気感まで含めて思い出から失いたくない、どうやっても記憶から消えてくれない夜。本書は、誰もが心に秘めている忘れられない夜を思い出させる作品集です。

 5篇収録されたうちのひとつ「明日世界は終わらない」も、奇跡と呼べるぐらい印象深い出会いの夜から始まります。就職が決定した大学生の竜朗は、仲間とバーで飲んでいたところある勘違いでトイレから脱走を図ります。バーテンダーから追われ、路地裏を走っている最中に出くわしたのは今まさに中年男に襲われそうな若い女。「よくわかんないけど、男が悪者」。竜朗と追ってきたバーテンダーが中年男を倒し、警察が呼ばれ、竜朗とバーテンダーと若い女は路地裏で連絡先を交換します。この状況のカオスさとスピード感! 偶然が重なりあって生まれた、まさに奇跡の夜といえるでしょう。
 竜朗の奇跡の夜は日が変わっても続きます。路地裏で助けた美しく若い女、綺子と、ゲイバーの「顔がいい」バーテンダー、周と、竜朗は三人で会って居酒屋で飲むようになり、そのうちにこの三人は三角関係にあることがわかります。「俺は綺子が好きで、綺子は周が好きで、周は俺?『すげえ、三角形だ』」。
 この三角形で竜朗の綺子に対する気持ちが変わっていきます。「勢いだけじゃなくて、高嶺の花への憧れでもなくて、この子、いま目の前にいて酔っ払っていて泣いた後で顔が赤くて、好きな男が自分ではないだれかを好きなことを悲しんでいる女の子といっしょにいたい、ちゃんと抱きしめたい、でもそうしていいかちょっとわからない、と思った。」
 竜朗いい奴じゃん! って思います。最初は綺子のことを「かわいい女の子」としか思ってなかったのに、ちゃんと見て、ちゃんと好きになって、その子のために何ができるかを考えている。ここからこの三角関係がどんな夜の終わりを迎えるか、ぜひお読みください。

 他の4篇も他人や同僚といった関係から、言葉にできない大事な関係へと変化する瞬間をすくい上げる珠玉の言葉が詰まっています。全篇を通して描かれるひそやかで親密な空気の中、秘密の共有というか共犯関係というか、言葉では説明できない通じ合う感じが快いのです。
 名前のない感情を抱えたもどかしい気持ちを、「うまくいかないね」なんて笑ってみせたりしながら、かけがえのない大事な人たちと静かに語り合ったりする、そんな夜のような大切な作品です。

« 前のページ | 次のページ »

HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
大阪生まれ、沖縄在住。2006年から書店勤務。HMV&BOOKSには2019年から勤務。今の担当ジャンルは「本全般」で、広く浅く見ています。学生時代に筒井康隆全集を読破して、それ以降は縁がある本をこだわりなく読んでみるスタイルです。確固たる猫派。