『クリスマスのフロスト』R・D・ウィングフィールド

●今回の書評担当者●岡本書店恵庭店 南聡子

  • クリスマスのフロスト (創元推理文庫)
  • 『クリスマスのフロスト (創元推理文庫)』
    ウィングフィールド,R.D,Wingfield,R.D.,芹澤 恵
    東京創元社
    1,034円(税込)
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 こんにちは。とんがりコーンを食べる時は必ず指にはめて「魔女」って言ってから食べます。岡本書店 恵庭店の南です。
 今月は今までで一番読み返した回数の多い本についてお話しさせていただきます。

 イギリスの作家、R・D・ウィングフィールド氏の『クリスマスのフロスト』です。
 ズバリ、他のどの本よりもダントツに読み返しております。新刊が出るたびに最初の巻から読み返しておりましたので、最低でも6回は読んでますね。
 物好きと言われるかもしれません、呆れられるかもしれません。
 でもこの本は私にとってはとんでもない磁力·魅力·魔力を持った本なのです。

 場所はイギリスの地方都市デントン市(架空の都市なので実在しません)、主人公は冴えない中年警部ジャック・フロスト、同時にいくつもの事件が並行して起こるモジュラー型警察小説です。
 今作では、8歳の少女の行方不明事件、森から見つかった白骨死体、深夜の銀行への侵入未遂、フロストのデスクから消える小銭、などなどてんこ盛り。

 このフロスト警部、やり手の敏腕警部だとか推理力が抜群だとかではないんです。
 そもそも警部という階級も棚ぼたでもらったようなもの。
 どちらかというとだらしのないダメ親父。書類仕事はいつでも後回し。捜査会議はすっぽかす。署長の新車の青いジャガーに追突しても何処吹く風の素知らぬ顔。推理はほぼ運と直感頼み。極め付けはところ構わず繰り出されるお下品なジョーク。
 上昇志向の塊ともいうべき署長のマレット(フロストは陰でつのぶち眼鏡のマネキン野郎と呼んでいます)は、フロストをデントン署から追い出すために虎視眈々とその機会を窺っています。

 そんなフロストですが、部下たちからはとても慕われています。
 いくつかエピソードはあるのですが、根底にあるのはフロストの優しさです。
 自分もミスを犯すからなのか、他人にもとても寛大です。
 警察という階級社会で、損得抜きで行動をするフロストは異質な存在かもしれませんが、だからこそ署長や他の警部との対比が際立ち、読者はより一層フロストに肩入れしてしまうのです。

 この本の面白さを遺憾なく発揮させている翻訳家の芹沢恵さんの素晴らしい和訳にも触れさせてください。
 シリーズの途中で芹沢さんのご事情で翻訳が遅れそうになり、一度降りようとされたらしいのですが、ウィングフィールド氏が遅くなってもそのまま芹沢さんでと申し出て下さったようです。
 シリーズの大ファンである私からしたら、「フロスト警部シリーズは芹沢さんの翻訳無しには成立せず」と思っていたので、ウィングフィールド氏、グッジョブ!!なのである。

 事件自体は凄惨でなおかつ次から次へと事件が起きまくる疾走感のある警察小説なのですが、それでもどこか軽妙な雰囲気があり所々で人間ドラマが展開されるのは、やはりフロスト警部という稀有な主人公のおかげでしょう。
 残念ながらウィングフィールド氏が亡くなってしまったのでこれ以上の続きは望めないのですが、私はこれから先も何度も何度もこの『クリスマスのフロスト』を読み返すと思います。
 私の中では山田洋次監督の「寅さんシリーズ」のように色褪せない永遠の名作なのです。

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岡本書店恵庭店 南聡子
岡本書店恵庭店 南聡子
大学生の時にアガサ・クリスティを読破、そこから根っからのミステリー好きに。読書以外ではハンドメイドと和装、テレビゲームが趣味。お店では手書きPOPを日々せっせと作っています。色んな本に出会える書店員になってよかったと思う今日この頃です。