『休み時間の過ごし方』團康晃
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店難波店 中川皐貴
私が小学生の頃は、20分しかない休み時間(2時間目と3時間目の間にあり、「長休み」と呼ばれていた)で、友だちと校舎から飛び出してグランドまで走り、示し合わせたようにグッパーでチームに分かれてサッカーで遊んでいた。今振り返ると、そんな短い時間でよく遊べていたなと呆れながら思う。でもあの頃、20分は長かった。なんなら教室に戻るときも「最後にボールを触った奴が片付けな」と誰かが言いだすやいなや、ボールを蹴ってぶつけようとしたり、それをかわしてキャーキャー言いながら、走って逃げ帰ったりして遊んでいた。それもこれも全部20分間での話だ。
今回ご紹介する團康晃『休み時間の過ごし方』は、学生の「休み時間」の過ごし方を観察し、そもそも「休み時間」はどう機能し、学生たちにどのような経験をもたらしているのかを解き明かそう、という一風変わった面白い本だ。
著者である團さんは大学院生のとき、2009年〜2010年にある公立中学校でこの調査を行っている。そもそも、中学校でエスノグラフィー(対象と共に行動をして、文化や習俗を記録する研究手法)をするのって難しいんじゃ?と思いながら読みはじめたのですが、実際、本書にも調査できたのはかなり特殊な事例だったと書かれている。事前に校長先生には、調査の目的や方法、期間を記載した調査計画書に加え、大学院の指導教員による推薦書も送って検討してもらい、その後、他の先生方や保護者の方に調査のお願いや説明の資料を配布して理解を得たとのこと。そのうえ、中学校と團さんをつなぐ共通の知人が複数人居たこと、その中学校が「開かれた学校づくり」を理念として掲げていたことが背景としてあったことなどが重なって初めて実現できたことだそうで、かなり幸運な例だったことがわかる。また、本書は博士論文をベースに、読みやすくまとめられたものになるため、上記のように調査に入るまでの過程や、現行の研究についても細かく触れられている。もともとは「生徒文化」と呼ばれていた文化が衰退し、「若者文化」が流入してきたような話も書かれており、そこも読んでいて面白いポイントです。
「休み時間」の教室や廊下といった場所は、メンバーはある程度固定されたものの、一種の「公共の場」ともいえる。その空間は、一緒に喋ったり遊んだりして過ごすメンバーの他に、学校が同じだけで話したことはない、といった他者もいる。そして、その空間にいる者たちは、誰と同じグループにいて、そのグループはどの立ち位置にあたるのか、常に他者のまなざしにさらされている。面白いのは、本書で描かれる「廊下で交わされる物語を書いた大学ノート」や「朝のあいさつ運動のパロディ」、わかる人にだけわかるようなグッズを身につけ、共通の趣味を持つ仲間を探す、といった工夫の凝らされた行動の多くは、他者のまなざしを意識しているということだ。他者のまなざしを巧妙にかいくぐったり、時には欺きながらも、特定の人物には届く形で自分のアイデンティティを示す。そうして、ある程度自分と共通項のある人物を見つけ、交流を図り、学校の外側から持ち込んだ文化のやり取りを行う。
「休み時間」の機能としてひとつ言えることとしては、社会に出たときの居場所の見つけ方を学ぶ場というものかもしれない。
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- ジュンク堂書店難波店 中川皐貴
- 滋賀県生まれ。2019年に丸善ジュンク堂書店に入社。文芸文庫担当。コミックから小説、エッセイにノンフィクションまで関心の赴くまま、浅く広く読みます。最近の嬉しかったことは『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬と母校(中学校)が同じだったこと。書名と著者名はすぐ覚えられるのに、人の顔と名前がすぐには覚えられないのが悩みです。