『サムライ・ダイアリー』天野純希

●今回の書評担当者●BOOK’NBOOTH 中村優子

  • サムライ・ダイアリー 鸚鵡籠中記異聞 (幻冬舎時代小説文庫)
  • 『サムライ・ダイアリー 鸚鵡籠中記異聞 (幻冬舎時代小説文庫)』
    天野 純希
    幻冬舎
    803円(税込)
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随分昔の話になるのだが、ジュンク堂書店で勤務していた頃、新書棚の棚整理をするたびに中公新書の『元禄御畳奉行の日記』とよく目が合い、目が合うたびに彼(?)は私に向かって「早く俺を読んでみなよ!」と雄叫びを上げていた。そして、とうとうその雄叫びに耐え切れず、彼(?)を買ってしまうという事件があった。

元々歴史関係の書籍はよく読んでいたのだが、その当時、江戸時代を扱う書籍に関してはほとんど手つかずの状態だった。武士は役人となり、戦はお家の跡継ぎ争いになり、敵は災害や百姓一揆。なんとなくだが、歴史の変動を知ることで何かを知った気になることが好きな私には、「少し物足りない時代」というイメージがあり、江戸時代ものに深入りせず、やり過ごしていた。

そんな私に向かって雄叫びをあげてきた『元禄御畳奉行の日記』が、私とこの本のネタ本である『鸚鵡籠中記』という日記との出会いである。

江戸時代という一見平和でありながら、実は政治と経済と自然災害に振り回される人々の日常は、想像以上の苦労や辛酸があり、また予想以上に楽しくおおらかな日々を送っていた。江戸以前の書物に「庶民」や「市井の人」はあまり登場しない。主役は為政者であり公家や武士である。「この人がこういうことをした」「この時代にこんなことがあった」はわかるが、「この人はこの時こう思った」「この時代をこうやって生き抜いた」はわからない。わからないから想像を膨らませた小説も描ける面白さもあるのだが、本当はどうだったのかを知りたい気持ちもある。

2011年、人間社という当時私にあまり馴染みのない出版社から、私の推し作家天野純希が『サムライ・ダイアリー』という小説を出した。しかも書名に「鸚鵡籠中記異聞」と続いている。鸚鵡籠中記って、あのサムライの日記だよね?これは間違いなく読まねばならぬ本だ、ということで発売日の昼休憩に購入。日本で最初に『サムライ・ダイアリー』購入したのは私だ(と思う)。

『鸚鵡籠中記』は、尾張藩の御畳奉行であった朝日文左衛門により、1691年から1718年までなんと26年も書かれた日記で、尾張藩の中級武士の日常生活や当時の藩主の生活、日々の天気や当時流行った風俗や文化など詳細に描かれていた。本来知られてはいけない藩主の周辺のことがあまりにも詳細に描かれていため、尾張藩は文左衛門没後にこれを藩庫に秘匿し、昭和40年まで公開されなかったという。

文左衛門のダメっぷりは半端じゃない。地行百石のくせに好きなものが多すぎていつもお金がないし、酒や女が大好きだし、好奇心の塊で書いてはいけないことや知られてはいけないことまでたくさん記録してしまっている。人のミスも書くが、自分のミスも書く。いや、人生そのものがミスではないかと疑われるほど、赤裸々な日記となっている。それでも周囲からはとにかく愛され、文左衛門が死んだときは、多くの友人知人に泣かれ笑われながらあの世に送られている。なんとまあ、いい人生ではないか。

『サムライ・ダイアリー』おかげで、江戸のサムライ、苦労あり楽しみありの今と変わらない、いや今以上に人間らしい日々を送っていることがわかった。それからである。私の江戸時代の武士、庶民の暮らしを知るたびが始まったのは。

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BOOK’NBOOTH 中村優子
BOOK’NBOOTH 中村優子
大阪府八尾市在住。BOOK’NBOOTH を2025 年8月に大阪市阿倍野区にて開業。主に小説を扱い、町の本屋を目指すために雑誌や児童書、コミックや実用書も取りそろえている。どんな小説も大好きだけど、特に歴史ものには目がない。本業は社労士で、書店店舗は元書店員仲間2名が担ってくれている。休みの日は電車オタクの息子との冒険を楽しんでいるが、実は電車の中で本を読むことが最大の目的だと息子は知らない。