『冬霞』森山光太郎
●今回の書評担当者●BOOK’NBOOTH 中村優子
お店で南北朝のフェアを開始した。南北朝時代は構造が複雑で、私も若いころは避けてきた時代の一つ。天皇家の皇統争い、それぞれの皇統についた公家の権力争い、鎌倉幕府を倒した後の武家の主導権争いと、それまでの歴史の常識や先例を踏み倒しながら新しい時代の幕開けとなった時代で、結局誰が敵なのか、何が正しいのか、どう変化したのかがいつもわかりづらく頭の中の整理が追い付かなかったのだ。
今から10年前の2016年、中公新書から『応仁の乱』(呉座勇一著)が発売された。個人的にはとても興味深い内容だと思ったので即購入したのだが、驚愕するのはこの本が最終的に50万部も売れたということ。「応仁の乱」は戦国時代の入り口として教科書ではお馴染みの乱なのだが、乱の前後がややこしい上に「日野富子は悪妻」「足利義政はだめ将軍」「将軍の跡継ぎ問題が諸悪の根源」など、乱のキーワードにいいイメージがない。なのに、なぜ!?
売れた理由はいろいろあるだろうが、呉座さんの「応仁の乱」への新しいアプローチの仕方が、普段歴史にあまり興味のない層と本当の歴史を知りたいと日々熱望している歴史ファンの両方面からの支持を得た結果なのだろう。そういう私も『応仁の乱』を読むことで、室町時代、さらに言えば南北朝時代と真剣に向き合おうと決心した口なのだ。
その後同じく中公新書から『観応の擾乱』(亀山俊和著)も刊行され、室町時代という不可思議な時代を知りたい読者が増えたことは間違いない。挙句に『極楽征夷大将軍』で垣根涼介が直木賞を受賞してしまった。室町ブーム最高潮ではないか。
北方謙三の南北朝作品、安部龍太郎の『道誉と正成』、葉室麟の『星と龍』などなど、多くの小説を読み始めた。これまで定説とされていた人物像や時代背景を様々な視点から描き直し、一読者の私は「さもありなん」といちいちうなずきながら読ませていただいた。
多くの書籍を読みながら、どうしても実態がイマイチわからない人物がいた。それが「足利直冬」。どの本にも必ず登場する人物なのだが、
① 実父は足利尊氏
② 尊氏には疎んじられていた
③ 尊氏の弟直義が養子とした
④ 九州探題に命じられた
⑤ 直義とともに尊氏と戦った
という本人周辺の状況しかわからない。ただ、歴史にかなり大きな楔を入れたようにも思える。気にはなるが、それ以上わからない謎の人物のままであった。
この夏、森山光太郎の『冬霞』が刊行された。書名だけだと気がつかなかったが、帯にはっきりと「悲劇の貴公子 足利直冬の知られざる壮絶な生涯!」と書いてあるではないか!おお、こんな地味な人物によくぞ焦点を充ててくれた!この森山光太郎の前作『戦ぎらいの無敗大名」が大傑作で、九州の蒲池という知名度のほぼない武将の生涯を燦燦と描いてくれていたのだが、その著者の作品というだけでも身を乗り出すのに、「足利直冬」ものであればいざ、読まん、である。
幼少時よりともに成⾧した尊氏、直義、師直の心の動き、誰よりも仲の良かった兄弟である尊氏と直義の確執の真実、それぞれがこの時代の変わり目で最終的に何を選択したのか、何を残そうとしたのかが描かれているのだが、やはり主役の直冬の描写に心打たれる。尊氏に疎んじられ直義を父として生きる直冬と、直冬に彼なりの愛情を注ぐ直義との交流、父尊氏を敵とみなして戦うことを決めた直冬の悲しみ、九州探題として武将としての器量を示す直冬の生きざま。いいなあ、こういう不遇な状態にある自分を受け入れながら反骨精神で生きる姿、私の好きな人物像だ。生まれた年も死んだ年もはっきりしないこの尊氏の息子が2代将軍であったなら、という歴史ファンが夢想してはいけないたらればが頭をよぎる。
ということで、南北朝時代に焦点を絞ったフェアを開催しているのだが、いかんせんお店のお客様の好みには合わず、私だけの満足になっているだけだ......誰か、一緒に盛り上がってくれないかなあ。
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- BOOK’NBOOTH 中村優子
- 大阪府八尾市在住。BOOK’NBOOTH を2025 年8月に大阪市阿倍野区にて開業。主に小説を扱い、町の本屋を目指すために雑誌や児童書、コミックや実用書も取りそろえている。どんな小説も大好きだけど、特に歴史ものには目がない。本業は社労士で、書店店舗は元書店員仲間2名が担ってくれている。休みの日は電車オタクの息子との冒険を楽しんでいるが、実は電車の中で本を読むことが最大の目的だと息子は知らない。


