『ブルーアローズ』天川栄人
●今回の書評担当者●本の森セルバ岡山店 横田かおり
伝説のロックバンド、ザ・ブルーハーツ。ボーカルの甲本ヒロトは岡山出身で、岡山に住む多くの人は、このことをきっと誇りに思っている。
〈日本で暮らしていて、ザ・ブルーハーツの歌を一曲も聞かずに生きていくのは難しい〉
そう本の中にも記されているように、私自身のブルーハーツとの出合いも不可抗力だった。高校時代、歌が少し苦手な友人がカラオケでいつも歌っていた「TRAIN-TRAIN」。終盤になると必ず誰かが入れ、みなで歌い合った「リンダリンダ」。ブルーハーツの曲は青春時代の思い出と結びついている。
本作の舞台は、ゆたかな水流と群青色の空が広がる岡山市。
悩み惑ういつかの"私"のような高校生たちが、声を上げ、音を重ねていくことで、本当の声を取り戻していく物語だ。
岡山駅の西口にある奉還町商店街。その一角にある実家が楽器店を営んでいる高校一年生の直希。彼は少々頭のネジがゆるく、真っ直ぐと言えば聞こえはよいが「馬鹿」という言葉がよく似合う。幼少期から音楽に親しんできた直希は、ヒロトの声に胸を撃ち抜かれ、ギタリストのマーシーのクールさに憧れていた。彼がブルーハーツのコピーバンドを組もうと思ったのは自然なことで「バンドやらんか!」とバリバリの岡山弁で見境なく声をかけては、スルーされる日々を送っていた。
何の因果か、はたまた運命のいたずらか──少々訳アリのクラスメイトと異色なバンドを組むことになる。
大きな声で粗雑な物言いをし、猪突猛進で無鉄砲な直希。
優等生の仮面を被り、編み物に没頭することで自身の弱さから逃げている悠乃。
悠乃のいとこで吃音者の濯(あろう)は過去の辛い経験から、ほとんど言葉を発さない。
絶対的な縦社会、無意味なルールはびこる野球部に所属し、冷めた目で人生を諦めている清之助。
それぞれが痛みを抱え、これ以上傷つかないようにピタリと閉ざしていたはずの心の扉は、直希の真っ直ぐすぎる声を前に、少しだけ開かれてしまった。
マーシーに憧れる直希はギター。小さな体の悠乃が抱える大きなベース。悠乃に連れられていったスナックで、普段の彼からは全く想像がつかない声で歌う濯。それはヒロトの声と同じ熱と怒りを孕み、ボーカル以外に考えられなかった。
スリーピースのバンドに清之助が加わって、でこぼこのまま合わさる音が、しだいに音楽へ育っていく。
歌っている時だけ、濯は自由になれた。スムーズな発声ができないことでからかわれ、馬鹿にされ、話すことを諦めた。でも本当は、伝えたいことがたくさんあった。
悠乃の葛藤、冷え切った清之助の心。同じ境遇ではない、けれど身に覚えのある"哀しみ"が、過去と今の私の痛みを呼び起こしていく。
自分だけが知る醜い本心。陽だまりのようなあたたかさを欲している心。
ありのままの自分で生きていくことの恐怖と羞恥が、本当の自分の声を奥に押しやり、聴こえないふりして生きてきた。
違う体と違う心。だからこそ、一人ひとりが替えの利かない"私"で、一人と一人が手を取り合うことで生まれる唯一無二のカラフルな音が響いていく。
彼らの歌、魂の叫びが心から溢れる。
だからこれは私のための物語。
そして、あなたのために紡がれた物語だと強くつよく信じられた。
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- 本の森セルバ岡山店 横田かおり
- 1986年岡山県生まれ。書店員歴20年。担当は文芸書、児童書。おかやま文学フェスティバル実行委員おかやま文学創造ラジオMC、note担当。【 おかやま文学創造ラジオ|note 毎週ポッドキャスト配信中】本は友だち。人生の伴走者。この世界に本があってよかった。

