『ムーア⼈による報告』レイラ・ララミ著 ⽊原善彦訳
●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
15〜17世紀、スペインやポルトガルのコンキスタドール(征服者)たちが次々と新⼤陸を侵略していった。有名どころのコルテスやピサロの他にも、⼀攫千⾦を夢⾒て侵略を企てたものはたくさんいたが、すべてが成功したわけではない(当たり前ですが)。
たとえば16世紀半ば、⻩⾦の国アパラチーを求めて現在のフロリダあたりに分け⼊ったナルバエス探検隊は、インディオの抵抗や疫病の流⾏などで次々と隊員を失い、8年もの間新⼤陸をさまよったのち、⽣き残ってメキシコに辿り着いたのはたったの4⼈だったという。そのうち3名のカスティーリャ⼈による報告書が実際に残されている。
この物語は、このナルバエス探検隊のあと1⼈の⽣存者「アラブ系⿊⼈奴隷エステバニコ」が、もし報告書を書いていたら......という設定で書かれたフィクションである。
探索が始まってすぐ、無能な隊⻑ナルバエスは誤った判断を重ね、仲間たちは飢餓や熱病により次々と命を落としてしまう。互いに協⼒しなければ⽣き延びることはむずかしい過酷な⽇々の中、主⼈であるドランテスとムスタファ(洗礼名エステバニコ)の関係は微妙に変化していく。
ある夜、⾃分の奴隷が字を読めることを知ったドランテスは、物語を求めてムスタファの来歴を尋ねる。
「読者よ、物語の楽しみは語ることにある。痛みで⾜がうずき、空腹で腹が鳴っていても、私は物語を語る喜びに抗えなかった。」
こうしてムスタファが語り始めるのは「奴隷のエステバニコになる前の話」。モロッコの商⼈だったかれが⾃ら奴隷となってポルトガルに渡り、さらに売られ、主⼈について新⼤陸に渡るまでの物語。それは、本当にあったこととは違うかもしれないけれど、エステバニコにはエステバニコの物語が必ずあったはずだ。その来歴があるから、彼⾃⾝の報告書が書かれる意味がある。
今世の中にあるたくさんの物語の影に、まかれることなく消えていった無数の物語があるだろう。むしろ、きちんと芽吹いて花を咲かせるほうが稀なのかも。ほとんどが語られることも聞かれることもなく、残ったものだけが真実になり語り継がれていく。現実はそれくらい不公平なものだけど、想像の⼒が、こうして報告書の1⾏から物語を蘇らせることもある。だから、⼩説は最⾼で最強だ。
読み終えてそんなことをあれこれと考えつつも、単純に探検記として抜群に⾯⽩いのでおすすめです。
新⼤陸征服といって思い浮かべる⼀⽅的な侵略も真実かもしれないけれど、こんな感じのズタボロサバイバルも結構あったんだろうな。
探検(⼈⽣)において、無能な上司は悲惨、まず何をおいても⽤意すべきは地図と計画、意外と信仰は⼤事かも、などの学びを得ました。
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- TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
- 愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。