『呪文の言語学』角悠介

●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね

  • 呪文の言語学: ルーマニアの魔女に耳をすませて
  • 『呪文の言語学: ルーマニアの魔女に耳をすませて』
    角 悠介
    作品社
    2,640円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ロマニ・コード 謎の民族「ロマ」をめぐる冒険
  • 『ロマニ・コード 謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』
    角 悠介
    夜間飛行
    2,200円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

 血液型占いが苦手だ。

「中嶋さん、絶対B型だよね!」なんて言われようものなら心のシャッターがガラガラと降りてしまう(B型に深い意味はないし、実際B型でもない)。全世界の人間がたった四種に分類できるわけがないし、性格や相性が生まれた時から決まっていて一生変わらないなんておかしいだろと思う。

 とはいえ、非科学的なものを全く信じていないかというと全然そんなことはなくて、むしろオカルトめいたアイテムやUMA、世界の七不思議なんて聞いただけでワクワクする。子どもの頃は、ルネ・ヴァンダール・ワタナベさんの「ルネのふしぎな魔法 あなたも魔法使い」を暗記するほど熟読していたし、いくつかは真剣に試していた。懐かしい。

 だから『呪文の言語学 ルーマニアの魔女に耳を澄ませて』(附・言語学者から魔女へのインタビュー)なんてタイトルの本は読まないわけにはいかないのである。(著者の角さんがどんな人で何をしているのかはぜひ前著『ロマニ・コード』(夜間飛行)を読んでいただきたいが、簡単に言うと、ルーマニアとロマ民族についておそらく世界一詳しいとんでもなくすごい言語学者です)

 高校卒業後、留学生として単身ルーマニアに渡った角さんは、数々の衝撃異文化(留学ないない)に出会い、ルーマニアではいまもなお非科学的ともいえる迷信や風習が残っていること、それどころか魔女や魔術が現役であることを知る。あれ、ヨーロッパではキリスト教の普及や魔女狩りにより、あらゆる民間信仰や迷信は淘汰されたのでは?と思う人もいるかもしれないが、それはカトリック圏だった西欧の話。同じキリスト教でも東欧に広がった正教は、各地の信仰を飲み込んで一体化していったため、「魔術」や「魔女」を含む伝統文化が比較的残っているそうだ。

 つまり、魔女といって私たちが思い浮かべるような、とんがり帽子に黒マント、鉤鼻のおばあさんというイメージはいわば「西(欧)の悪い魔女」。ルーマニアの現役魔女は、見た目は普通の農村のおばさんであり、彼女らが使う魔術は「おばあちゃんの知恵袋」に近い。薬草の知識などはまさに生活の知恵だし、魔法の呪文の効き目も、生活や健康に関わるものが圧倒的に多い印象だ。

 とはいえ凄腕の魔女として村を超えてその名を轟かせ、今尚語り継がれる伝説の女性もいるそうなので、その力はまったく侮れない。

 実際の「魔女」と「魔術」がどんなものかが解説されると、いよいよ本書のメイン、「呪文」の登場だ。

 ただの言葉であり、音、もしくは文字の連なりであるはずのものが、どうして魔力を持つのか。
 呪文が呪文になるためには、何が必要なのか。
 呪文はどうやって伝えられるのか。

 載せてしまって大丈夫?と思うくらいの豊富な実例を使って、呪文を分類し、分析し、解き明かす後半部分は圧倒的な面白さ! 角さんの言語学者としての専門的な分析に知的興奮も感じつつも、何より「ルネのふしぎな魔法」を開いたときのあのドキドキが蘇り、魔女っ子の血が騒ぎました。

「舌のできもの封じの呪文」「ヘビの噛み傷治しの呪文」などは使うタイミングはなさそうだけど、「目に入ったゴミを取る呪文」は覚えておくと役に立ちそう。

 これらを使いこなせるようになって、いつかは自作の呪文を使いこなす創造的魔女になりたい。

« 前のページ | 次のページ »

TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。