『骰を振る女神』ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
●今回の書評担当者●往来堂書店 高橋豪太
失敗を恐れるあまり、つい評価が高いものにばかり手を伸ばしてしまう。そのくせ、他人がまだ体験していないもの、ちょっと「変」なものへの興味も津々で──。ああ、なんと愛おしい矛盾を抱えていることか、現代人(おれ)......。同じ銘柄の缶ビールをしつこく飲みながらたまには新商品のサワーにも手を出すし、飛び込んだ居酒屋に珍品があれば、同席者へ確認する間もなく早々に頼んでしまう。そんな感じで、小説だってたまには「変」なものを読みたくなるものです。
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ。寡聞にして存じ上げなかった20世紀アメリカの作家と偶然の邂逅を果たしたのは、出先でふと入った書店の棚だった。禍々しいタッチで描かれた無数のサイコロ、黒字に黄土色でくり抜かれた帯の惹句。手にしてすぐわかる、いかにもヘンテコな匂いだ。奥付を参照すると、なんと新刊ではないか! 海外文学担当ながらうっかり見落としていた自分の失態を恥じるとともに、書店という場所の恩恵を再確認したのであった。迷わずその場で購入!
『骰を振る女神』は表題作の長編含む三篇が収録された一冊だ。国書刊行会の「ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション」全三巻の第二回配本である。収録作はどれも独自の魅力と驚きをもたらしてくれる怪作だが、とりわけ表題作の長編「骰を振る女神」が面白い。
主人公のルイス・コストヴェインはウォール街の大物の元に生まれ、ルックス抜群で羽振りのよいプレイボーイだった。父が自殺し、思いのほか少なかった遺産に落胆しつつも富豪の跡継ぎ娘・コンスタンスと結婚するが、その数ヶ月後にコンスタンスは自宅から身投げしてしまう──。こう書くと同情すべき主人公のように見えるが、実はコストヴェインは、根っからの大悪党! 身投げしたと思われたコンスタンスを突き落としていたのは彼だったのだ。金を手に入れるためならどんな手も厭わない彼には、倫理もへったくれもない。妻の遺産を骰子賭博で早々にスってしまうと、金を求めてさらなる悪事を重ねていく。
一方で、コンスタンスの後見人であるリーミング教授はコストヴェインに疑いの目を向けている。いち早くその本性を見抜いた教授はコンスタンスの無念を晴らすべく、探偵の協力を得つつコストヴェインの動向を追い始める。奴のさらなる手が、コンスタンスの従姉妹であり遺産相続人のダイアナに及ぶことを恐れながら。
行く先々で悪事を働きカネを調達するコストヴェイン。大負けした賭場の胴元から逃れ、警察の目もかいくぐってどんどん突き進む彼の姿は、とびきりの悪人ながら「やたら機転が効くなあ......」と感心してしまうほどだ。追われる身であることすら意にも介さない、そんな彼が唯一忌み嫌っているのは、ギャンブル中に目にしたある数字。骰子なんて不確かなものはごめんだ、神頼みなんてたかが知れてる。そう自らに言い聞かせながらも、運命の女神の手からは逃れきれず......賭場から始まったこの物語は、思わぬ場所へ舞台を変え、思わぬ展開で幕を閉じる。
主人公の造形、乱れ交わる思惑、辿る運命。どれをとっても「変」な小説である。しかし物語の面白さは、誰しもが楽しめるものだと断言したい。清々しいほどサイコな主人公の珍道中、その意外すぎる結末をとくと見よ!
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- 往来堂書店 高橋豪太
- 眉のつながった警官がハチャメチャやるマンガの街で育ちました。流れるままにぼんやりと生きていたら、気づけば書店員に。チェーン書店を経て2018年より往来堂書店に勤務、文芸・文庫・海外文学・食カルチャー棚担当。本はだいすきだが、それよりビールの方が優先されることがままある。いや、ビールじゃなくてもなんでものみます。酔っ払うと人生の話をしがちなので、そういう本をもっと読んでいくらかましになりたいです。