『痛いところから見えるもの』頭木弘樹
●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
痛みには強い方なのかもしれない。
例えば初めての出産に臨むとき、いよいよ痛みが強くなってきたので、息絶え絶えに「あの、そろそろでしょうか?」と助産師さんに聞いたら「いやいや、中嶋さんまだ全然冷静だもん。そんなもんじゃないから。死ぬとか殺すとか叫び出すよ、普通は」と言われた。自分としては今までに経験したことのないとんでもない痛みだったのだが、まあたしかに我を忘れて死ぬ殺すと叫ぶほどでもないかも、と思って一旦納得した。これからくる大波に備えようと思って覚悟していたら、その後それ以上に痛みが強くなることはなく、そのまま無事出産を迎えたのだった。
だけど、いまだになんとなくモヤッとしている。なぜなら、私は叫び出しこそしなかったけれど間違いなく痛かったからで、他の人と比べて冷静な顔をしていたとしても(もともと緊張感のない顔なのだ)それは私が痛くないってことにはならないんじゃないか?と思うからだ。だって私がどう感じているか、他の人には絶対にわからないのだから。
痛みを誰かに伝えるのは難しい。同じ出産でも、怪我や病気でも、人によって感じ方は違うし表し方も違う。痛みの程度は同じでも、「耐えられない」と思う人もいれば、「これくらい大したことないな」と思う人もいるだろう。今までの経験と比べて、〇〇に比べたらまだまだ、と思う人もいれば、こんな痛みは生まれて初めて、と感じる人もいる。痛みというのはどこまでいっても個人的だ。
その痛みを経験したことのない人に理解してもらおうと思ったら尚のこと大変だ。共通の手段といえば言葉しかないから、なんとか手持ちの語彙で痛みを表現しなければならない。どうしたらこの苦しみが伝わるかと、切実に言葉と向き合うことになる。
この『痛いところから見えるもの』は、痛い人と、痛くない人の間に、少しでも橋をかけようという試みから生まれた本だ。
著者の頭木さんは、文字通り痛みと共に暮らしている人である。
この本で紹介されている頭木さんの「痛み」の歴史はなかなか壮絶で、読んでいると自分のお腹までキュウっと痛んでくるようだ。潰瘍性大腸炎から始まり、次々と想定外の痛みが頭木さんを襲う。ありとあらゆる痛みを経験されていて、簡単に「わかるよ」なんてもはや言えない。言えないけど、なんとか、理解してみたいという気持ちになる。
引用されている数々の文豪たちの病気や痛みに関する名言は、痛みのエキスパートの頭木さんならではの視点といってもいいだろう。これらの名文を読んでいると、言葉では言い表せないような痛みや苦しみを何とか表現しようとして、人間は言葉や文学を進化させてきたのかもしれないとも思う。
痛いことは孤独だ。圧倒的にひとりぼっちだ。でもだからこそ、少しでもわかってもらえたら救われた気持ちになる。いや、他人の痛みだから完全にはわからないのだけど、「あなたはあなたの痛みを持っているんだね」と受け止めてもらえるだけで、きっと少し、寂しくなくなるような気がする。
痛い人も、痛くない人も、ぜひ。ひとりじゃないからね。
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- TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
- 愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。

