『高宮麻綾の引継書』城戸川りょう
●今回の書評担当者●BUNKITSU TOKYO 成生隆倫
「書店員なんか辞めちゃいなよ」
よく言われる台詞である。
給料は安い。仕事量は多い。足腰は痛いし、精神的にもきつい・・・などなど、マイナス要素を上げればきりがない。
しかし俺は辞めない。辞められない。なぜならこの仕事には、【たまらない瞬間】が漂いまくっているからだ。
「この最高な作品を、俺の手でめちゃくちゃ売ってやる!」
絶対に売れるという確証はない。しかしそこで立ち止まっていても意味がない。売れるか売れないかじゃない、売るのだ。どんな手を使ってでも売るのだ。
その先に出世や昇給などないのはわかっている。
だがそんなものに興味はない。
欲しいのは記録と記憶、そして栄光と喝采。〇百冊売れました!というPOPを書く未来が、俺の胸を高鳴らせる。
だがこれも、書店員という肩書きを纏っているからできること。制服を脱いで社会に出れば、俺はしがない独身フリーター男性Aと化してまう。
愛すべき恋人や圧倒的に充実したプライベートもない。友人たちのキラキラしたSNS投稿を見るたび卑屈な気持ちになる。自分が手に入らないものを誰かが軽々と手に入れているのが正直悔しい。「もうすぐ二人目が産まれます!」従姉の喜びの報告さえ、素直におめでとうと返せない。
そこで俺は心のなかに、高宮麻綾を宿すことにした。
ぶっ壊れてしまいそうな、自己肯定感を守るために。
麻綾も俺と同様、十分な重さの満足感が得られないとダメな人間だ。幸せは他人と比較するものじゃないとわかっていても、やはりどうしても意識してしまう。
だから麻綾は、メーグルという新規事業の実現に向かって猛進することで、自身の人生に【たまらない瞬間】を見出そうとしているのである。敗北感に打ちのめされて腐ることもある。投げやりになって酒を飲み、ひたすら愚痴をこぼすこともある。それでも麻綾は立ち上がり、持ち前のドラスティックな攻撃性で逆境を乗り越えていく。
その姿が少し己に重なる。彼女が躍動すればするほど、そして舌打ちをすればするほど、勇気と元気が俺のなかで湧き上がってくるのだ。
死にかけのメンタルを刺激する『高宮麻綾の引継書』。
俺にとってこの本は、エナジードリンクのような一冊だ。
八月、著者・城戸川りょうさんから、本書の続編『高宮麻綾の退職願』のプルーフを頂いた。
勤めていた書店を退職し、BUNKITSU TOKYOへの移籍が決まったというタイミングだった。
「成生さんには直接渡したいと思って!」
城戸川さんにとっての【たまらない瞬間】が詰まった作品だ。メラメラ燃える熱い想いがはっきりと見える。 手に取ると、今度は俺の熱がそこに上乗せされた。きっとこうやって【たまらない瞬間】は引き継がれていくのだろう。
「声出していけよ!」
どこからか聞こえてきた鋭い激励に、俺は思わず背筋を伸ばした。
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- BUNKITSU TOKYO 成生隆倫
- 立命館大学卒業後、音楽の道を志すが挫折。その後、舞台俳優やユーチューバーとして活動するも再び挫折し、コロナ渦により飲食店店員の職も失う。塾講師のバイトで繋いでいたところ、花田菜々子さんの著書と出会い一念発起。書店員へ転向。現在は書店勤務の傍らゴールデン街のバーに立ち、役者業も再開している。座右の銘は「理想はたったひとつじゃない」。


