『おにたろかっぱ』戌井昭人
●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
人生をやり直したいとか、若かったあの頃に戻りたいとか思うことはあまりない。挫折も後悔ももちろんあるけど今の自分が楽しいし、やりなおしてもそれほど上手くいかないだろうと思っている。
ただ、できることなら子どもの頃のまっさらな目でもう一回世界を見てみたい。何もかもが初めてで、全部が不思議で、刺激的で、ときには恐怖だったはずだけれど、そのときはその気持ちをどうやって表すのかも知らなかったから、私の大切な初めての輝きや驚きは上書きされて消えてしまった。
あんなふうに世界を見ることはもうできないのだな。
できないのだけれど、自分に子どもが生まれて、成長していくのを側で見ているときは、彼らが少しずつ世界を発見する様子を横で一緒に体験させてもらっているような気持ちになれた。
まだ自分と世界の境目がよくわかっていないのか、すべてのものや生き物や人の気持ちがわかるかのような言動をしたり(もしかして本当にわかっていたのかもしれないが)、謎の万能感でとんでもなく危険なことや無謀なことを平然とやったり、訳もわからず大人の真似をしているだけのはずなのに妙に芯を食った発言になっておかしかったり。
こんなに世界って輝いていたのか!とハッとさせられることが何度もあった。その全部を近くで見られたことは本当に役得だったなと思う。大変だったことや辛かったことがなかったわけはないけど、今あまり思い出せないくらいには楽しかった。
子育てってそんな能天気なものじゃないだろ、とか、たまたまあなたの子が手のかからない良い子だったんだよとか言われるかもしれない。
それはそうです。
子どもたちがそれぞれ勝手に成長してくれて、なおかつ私に世界の美しさをまた見せてくれたこと、本当に感謝している。
「おにたろかっぱ」のタロちゃんはそんな幸せな気持ちをまた思い出させてくれた。
タロは3歳、海沿いの町に、父ちゃん母ちゃんと3人で暮らしている。タロの部屋のちゃぶ台には傷がついていて、タロにはそれが鬼とカッパに見える。やがて鬼とカッパは机から抜け出して、タロと話ができるようになり、タロの大事な友人になる。困ったときには何かとおにたろかっぱ会議を開くのだ。
一方父ちゃんは、かつて一発大ヒットを飛ばしたものの、今は売れないミュージシャン。正直甲斐性なしで、詰めが甘くて頼りなくて、歳をとってからの育児にヨレヨレになっている。(なお、おにたろかっぱ会議には上田ウシノスケとして時々参加している。)
他にも、漁師の竹蔵さんや、筋肉バカののぼるくん、パン屋のシキ子さんなど、個性豊かな登場人物たちが彼らをふわふわと包み込んで、何でもない日々が続いていく。
本当に何でもない日々だ。
時々ガハハと笑えるところがある。それ以上にじーんとして落涙してしまうところがある。
読む人それぞれに、好きなシーンがあるはずだ。
それはきっと自分が生活しているときは気づかずに過ぎ去ってしまった一瞬なんだろう。
思い出させてくれて本当にありがとう。
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- TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
- 愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。

