『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』佐川恭一
●今回の書評担当者●BUNKITSU TOKYO 成生隆倫
あずきバー、スイカバー、僕はアルチューバー!
登録者数100万人を目指してます! よろしくお願いします!
さーて、今回は......ヒモ男にドハマりしてしまう女子の特徴について、喋っていこうと思いまーす!
彼は、弱小ユーチューバーであった。
登録者数610人、動画本数56本。コメント欄を大荒れさせた『貧乳女子に勃起する、男たちのチン・クソシコ心理学』の1本でしか再生回数を稼ぐことしかできず、なかなか伸びる動画を作れずにいた。
ちなみに一本あたりの制作時間は平均8時間。労力に対し、芳しい成績を残しているとは言えなかった。
しかし彼は幸せだった。 好きなことで生きていくことはできていなかったが、好きなことで生きていくことを夢見ているのは楽しかったのである。
順調にキャリアアップしていく学生時代の友人たち。舞台を降りて、現実に身を浸していく俳優時代の仲間たち。
そんな周りに惑わされることなく、自分だけは大きな夢を追いかけている。
「俺、ユーチューバーやってるんだよね。登録者数100万人目指しててさ」
見当違いの高揚感は、彼の胸を熱くさせていた。
あれから5年。
33歳となった彼は、ユーチューバーを引退し、書店員としてめまぐるしい日々を送っていた。
金はない。仕事は忙しい。酒は飲みたい。
あらゆる責務や欲望が渦巻くなかで、壮大な夢を追いかけることもなくなっていた。
それなのに、である。
『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』を読み終えた瞬間、俺は、いや彼は、ベッドに顔を埋めて大声で叫んでいたのである。
うわあああ!!!!!
羨ましいいい!!!!!
溢れ狂う感情は止まらない。
俺だって夢を追っかけてたんだ!
登録者数100万人を目指してたんだ!
でも全然伸びないし稼げないし、一緒にやってた仲間も突然音信不通になりやがったし! 頑張れば頑張るほど、夢が遠くなっていったんだ!
......それなのに!
38歳、無職、童貞、金なし、友人なし! そんな社会のクズみたいな人間が自信満々に夢なんか追いかけやがって! おまけにオモシロ美女とコンビを組んで、トンデモ展開からの最高ヘンテコ体験ばっかしやがって!
ああもう、ふっざけんなあああ!!!
暗黒のステータス(京大卒ということ以外)に負けることなく、ノンフィクション作家という夢を追い続ける院等寺に、彼は、心の底から嫉妬した。
そして同時に、
「どんな状態からでも夢は見ることができる。たとえそれが壮大なものであっても、叶わないとは言い切れない。一発逆転の大チャンスを信じ続けられる人間は、決して敗北することはない」
と悟ったのであった。
もちろん、もうユーチューバーではないし、動画を投稿することもないだろう。
だが、院等寺に影響を受けたのは事実。 彼はすでに新たな夢を掲げ始めていた。
「いつかベストセラーになる本を書いてみせる!」
そう豪語する表情は、初めてユーチューブに動画を投稿した時の表情と似ていた。
繰り返しになるが、彼はもうユーチューバーではない。
ゆえに動画視聴を促すことはしないし、それどころかむしろ、絶対に見ないでほしいとさえ思っている。
現在、カリスマ書店員として大活躍している彼にとって、アルチューバーは黒歴史以外の何者でもないのだ。
「検索しないでください。よろしくお願いします」
俺は、いや彼は、深々と頭を下げている。
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- BUNKITSU TOKYO 成生隆倫
- 立命館大学卒業後、音楽の道を志すが挫折。その後、舞台俳優やユーチューバーとして活動するも再び挫折し、コロナ渦により飲食店店員の職も失う。塾講師のバイトで繋いでいたところ、花田菜々子さんの著書と出会い一念発起。書店員へ転向。現在は書店勤務の傍らゴールデン街のバーに立ち、役者業も再開している。座右の銘は「理想はたったひとつじゃない」。

