『おひさまパン』エリサ・クレヴェン

●今回の書評担当者●宮脇書店青森店 大竹真奈美

  • おひさまパン
  • 『おひさまパン』
    エリサ クレヴェン,エリサ クレヴェン,Elisa Kleven,江國 香織
    金の星社
    1,430円(税込)
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 絵本と猫にまみれて育った。
 たくさんの絵本と、14ひきのねこ。
「3匹多い」と感じた方はもちろん、馬場のぼるさんのロングセラー絵本『11ぴきのねこ』をご存知でしょう。何度も何度も読んでもらった、大好きな絵本シリーズです。
 同じくらい大好きだったのが、かこさとしさんの『からすのパンやさん』。見開き一面に埋め尽くされた様々なパン。あのページはいつ見ても心が踊ります。

 パンの絵本はいつだって子どもに人気。私の子どもたちが特に大好きだったのが、この『おひさまパン』。
 雪が降り、おひさまは隠れて、寒くて暗い町。皆、家の中でうんざりする毎日。
 そんなある日、パンやさんは特別なパンを焼きます。生地は膨らんで膨らんで、それは大きな輝くおひさまパンに!
 パンの焼ける幸せの香りに誘われて、集まってきた町のみんなに、パンやさんはおひさまパンを分け与えます。それを食べたみんなは......。

 エリサ・クレヴェンさんの絵は、ずっと眺めていたくなるほど細部にわたり美しく、寒く凍てついた日々が、色とりどりに輝き出すこの絵本は希望に満ち溢れています。
 そして、江國香織さんの訳した文章が、なめらかに煌びやかに胸に響き、余韻を残し心に満ちてゆく。
 心を捉える素敵な絵に、うっとりとする美しい日本語。安らかであたたかく贅沢な絵本。

 そして嬉しいのが、この絵本の裏表紙におひさまパンの作り方が載っていて、ご家庭でもおひさまパンを焼けるようになっていること。
 絵本を読んで感じとった、パン生地のふくらむ楽しさ、おひさまパンを作る喜び、パンの焼ける幸せの香りに包まれて、甘く満ち足りたおひさまパンをほおばる。おなかの中におひさまを感じて、体の内側から光が溢れるように笑顔が生まれる。こんな素敵なことが絵本を閉じたあとに待っているのなら、最高の読書体験ではないでしょうか。

 今、世の中は、大変な危機に直面しています。
 いつも通りの幸せが、外にない。
 家の中に閉じこもっている絵本の中の動物たちが、自粛を余儀なくされている今の私達に重なります。
 絵本の中のパンやさんのように、今は、自分にできることで、希望を生み出す時間なのかもしれません。有るもので、希望を捏ねて捏ねて、時間をかけて膨らませて、おうちでおひさまを作って、心も体もたっぷり満たして。外に太陽がないのなら、まずは心に太陽を。

 小さい頃、猫たちと一緒にお留守番をしながら、絵本を見開いたものを壁に見立て、部屋の中に絵本のおうちを作って、その中で過ごすのが好きでした。玄関のドア以外に、外へ繋がるルート。いろんな場所へと続く絵本の扉が、そこにはたくさんあったのです。いろんな世界を見つける力を身につけることができたのは、絵本のある環境と読み聞かせだったと思います。

 本を楽しむ体験が、本を読む力を育んでいく。機会があれば、是非お子さまに絵本の読み聞かせをしてあげてください。また、絵本は子どもだけでなく、大人も十二分に楽しめるものなので、馴染みのない方も是非手に取って頂きたいです。
「本っておもしろいな」と思える一冊の本との出会いが、未来にあるたくさんの本の扉を開く鍵を秘めていると信じています。

 ここでの私の書評はこれで最後となりますが、これからも自分のできる限りで、本と人とを繋ぐ架け橋になれたらと思います。

 あなたに必要な本が、あなたに寄り添う人生でありますように。

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宮脇書店青森店 大竹真奈美
宮脇書店青森店 大竹真奈美
1979年青森生まれ。絵本と猫にまみれ育ち、文系まっしぐらに。司書への夢叶わず、豆本講師や製作販売を経て、書店員に。現在は、学校図書ボランティアで読み聞かせ活動、図書整備等、図書館員もどきを体感しつつ、書店で働くという結果オーライな日々を送っている。本のある空間、本と人が出会える場所が好き。来世に持って行けそうなものを手探りで収集中。本の中は宝庫な気がして、時間を見つけてはページをひらく日々。そのまにまに、本と人との架け橋になれたら心嬉しい。