『彼女の知らない空』早瀬耕
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
あなたにとって、何ものにも変えられないもの、守りたいもの、守りたい人はありますか。
今起きているかもしれない、起こりえるかもしれない黒く塗りつぶされた世界がどこまでも続くこの空と繋がっているかもしれない。この作品を目の前にした時、そういう言葉が浮かんだ。
今年発刊された待望の小説家の新作は、心を遠くて近い空へと連れ出す愛が溢れる作品だった。
早瀬耕『未必のマクベス』 3年前、この小説家の作品と初めて出会った。自分の人生に多大なる影響を与えた。
「あなたは王になって、旅に出なくてはならない」
「否応なく、王として旅を続けなければならない」
出張の途中、主人公中井が香港で、娼婦に言われた言葉。
そこから始まる物語は、日本、香港、アジアを舞台として、妖艶な人物、普通を装う一癖ある人物が登場して、異国の匂いを漂わせ、その瞬間を映し出す。
そして時空を飛び越え、素直になれない青い学生時代の甘酸っぱい脳裏にずっと居続ける彼女。今と過去が交互に描かれ混ぜ合わさって絶妙な空気感、臨場感とともに進んでいく。
読み始めたら、驚くべき吸引力で、読み終わるまで何も手につかない。企業犯罪小説、ミステリー、恋愛小説。ジャンルはと聞かれると、答えられない「未必のマクベス」という独自のジャンルの小説だった。
次に出された『プラネタリウムの外側』。AIと現実世界が交互に絡み合う世界。愛しい人の最期の想いを過去を再現して知ろうとする女性。大切な人を守るために、自分とその人との思い出がもし、消去されるとしたら...。喪失感、儚く美しい連作短編集だ。
そして、この小説家の今書きたいことはここにあったのか。『彼女の知らない空』を読んだ後、表紙の空、これから見上げる空が美しく希望がある空であることを願った。
短編集で、どこか繋がっている感がある。
知らないところで、戦争に加担してしまっているかもしれない。
憲法改正で、自衛隊に交戦権が与えられた世界。妻の知らない空で戦争をしている。
長時間労働で精神がすり減っていく自分と戦争で追い込まれていく自分がまぜ合わさっていく。
現実という大きな存在。巻き込まれ、流されなければならないのか。
起こりえる危機への憂い、戦争、組織の中で蝕まれていく世界。そんな中で、ただ自分にとって大事なもの、大事な人を守りたいその愛が色濃くうつし出されていた。
早瀬耕 この小説家の作品の世界。日々進化し続け、ウイットに富んだ会話、静謐な文章、喪失と幸せ、現実と未来と過去。一度触れると抜け出せない世界に一生魅了し続けられる。
寡作な小説家である。既刊本を繰り返し読むなかで、新作が発売となれば、浮足立つ自分がいる。次作もはやく読みたい。
今回最後の書評、最後は自分を最も魅了し続ける作品の世界を書評しました。
『未必のマクベス』を大展開し、『プラネタリウムの外側』を推し、売れ続けています。
『彼女の知らない空』新作も強く推薦します。
- 『古くてあたらしい仕事』島田潤一郎 (2020年3月12日更新)
- 『最高の任務』乗代雄介 (2020年2月13日更新)
- 『月まで三キロ』伊与原 新 (2020年1月16日更新)
- ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
- 生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。